中国はチベット古書をいかに保護するのか?
中国は統一多民族国家であり、各民族は長い歴史的発展の過程において数知れない膨大な古書を後生に残してきた。チベット自治区は悠久の歴史を有するチベット文化の発祥地、またそれらが発展した土地であり、仏教の古書を豊富に収蔵している。こうした古書は中国の伝統文化を構成する重要な要素であり、人類の貴重な文化遺産ともなっている。
チベット古書の保護活動の具体的な成果はどのような面に現れているか
チベット古書の全面調査や保護活動の持続体制はほぼ形成されている。チベットの豊富な古文書は同自治区の無数の寺院や民間人による保管という形で広く分布している。同自治区は歴史的にチベット文化の保護と継承活動を大変重視しており、2009年には「中華古籍保護計画」の推進により10年に及ぶ歴史的に最大規模の古書全面調査プロジェクトを始動させた。チベット自治区文化庁は、古書の調査と保護の適切な実施のため旧「古籍弁公室」を母体とする「チベット自治区古籍保護センター」を設置した。中央政府とチベット自治区は2009年から2019年の期間に累計1000万元超の資金を投じてチベット古書の全面調査・保護活動を支援してきたという。チベットでは2019年までに3000ページ近くの消失危機のある古書を保護し、末端收藏機関のコンディション改善プロジェクト14件を完了し、古書保護拠点2カ所を新設した。
チベット仏教の典籍は貴重なものとして保護されている。中央政府とチベット自治区政府はその収集、整理、出版、研究業務を一貫して重視しており、その結果、チベット仏教の優れた伝統文化は効果的な保護のもとで大きく発展している。中国は1984年に予算を拠出してチベット自治区資料館を建設し、貴重なチベット文書を大量に保護・収蔵してきた。現時点で同資料館の所蔵は300万巻に達している。また国は、『中華大藏経』チベット語部分の校勘出版を企画したり、『格薩爾王伝』を保護・整理したり、『先哲遺書物』叢書や『中華大典・藏文卷』などの貴重な典籍を数多く出版したりと、重要なチベット語典籍の収集と整理、翻訳と出版を支援してきた。さらにチベットはここ数年の間に、国家民族文字出版特別資金支援事業、国家出版基金支援事業、自治区財政特別拠出などを通じて、『雪域文庫』シリーズ叢書、『苯教尊者尼瑪彭色伝記』『時論金剛滙編』『歴代禅大使伝記』『チベット著名掘藏師西然吾色文集』など、一連の典籍を相次いで出版している。
ポタラ宮所蔵の古書はとくに重要視され効果的に保護されてきた。チベットにはポタラ宮、薩迦寺〔サキャ寺〕、大昭寺〔ジョカン寺〕、甘丹寺〔ガンデン寺〕、哲蚌寺〔デプン寺〕、色拉寺〔セラ寺〕、扎什倫布寺〔タシルンポ寺〕などの宗教寺院と文物古迹が多く残っており、中国全土とチベット自治区の重点文物保護単位に指定されている。なかでもポタラ宮はチベット文化遺産の代表的存在であり、中華民族の優れた文化遺産における重要な要素である。中国は2018年にポタラ宮古書保護利用プロジェクトを始動させた。期間は10年、総投資額は3億元と明確化したが、2021年までに特別補助資金6845万元を拠出済みである。ポタラ宮古書保護研究センターは貝葉経〔植物の葉に書かれた経典〕の静電気吸着無損失抽出装置の開発に成功し、2020年には4000万元あまりを投じてジョカン寺文物古跡保護プロジェクトを始動させた。
古書関連事業発展の新たなチャンスを捉えるには
古典書籍は中国の優れた伝統文化の重要な媒体であるにとどまらず、中華の文脈を後々の世に伝え、民族精神を発揚し、国の文化のソフトパワーを強化し、社会主義文化強国を建設する重要な事業でもある。近年、国は古書の発掘、整理、保護の面で一連の重要な政策を決定・実施しており、特に昨年には中国共産党中央弁公庁、国務院弁公庁が「新時代の古書業務推進に関する意見」(以下「意見」)を公表したことで古書事業は新たな発展のチャンスを迎えた。この新たなチャンスをどう捉えて活用していくかは、現在の要となる任務であり、中国古籍事業の発展と繁栄のより一層の推進もそこにかかっている。
第1に、チベット仏教の経典の時代的価値をさらに掘り下げる必要がある。チベットの豊富な仏教典籍は、現実生活のなかに溶け込んだチベット民族の歴史遺産、その価値観の現れであり、チベット文化の発展過程における貴重な文化的精髄である。歴史的にみても、民族の進歩や社会の発展を推し進めるのに積極的な役割を果たしてきたことに加え、いまなお著しい時代的価値がある。チベット古書の時代的価値を深掘りし、中華民族の共同体意識を強める重要な資源とすることは、新時代のチベット古書保護活動というテーマにおいて重要な意味を持つ。
第2に、チベット仏教経典のデジタル化の 推進に注力する必要がある。上記の「意見」には「全国古書デジタル化業務の指導調整メカニズムを構築・健全化し、国家古書デジタル化プロジェクトを統括的に実施していく。また、国家文化ビッグデータシステムと積極的に連携し、古書データの流通・協調管理を強化し、古書データ化リソースの収集・共有を強化する」とある。大部分の古書は、チベット自治区に存在する数千の寺院に点在しており、民間人が保有している場合もある。例えばチベット高原にひっそりと存在する「第2の敦煌」薩迦寺〔サキャ寺〕がその代表例だ。サキャ寺は4万巻超の仏典を所蔵し、非常に貴重で完全な保存状態の貝葉経20巻も保管している。2011年には古書デジタル化スキャニング活動を始動させており、現時点で保管古書の2割のスキャンが完了し、目録、全文それぞれのデータベースがおおむね完成している。残りについては資金の確保を積極的に進めている段階である。古書の復元保護における重要な手段として、チベットはチベット仏教経典のデジタル化をさらに推進すべきだろう。
第3に、チベット古書関連業務に携わる人材やチームの強化である。「意見」では「古書の保存保護、整理研究および出版の専門機関の設置強化、古書保護修復人材の規模拡大、古書整理研究機関の強化、少数民族の古文字伝承メカニズムの整備、少数民族文字によって書かれた古書専門人材の学術交流プラットフォームの構築、古書専門出版チームの構築強化に取り組む。また雇用メカニズムの整備、古書業務関連人員の待遇改善、古書関連人材の研修強化や養成計画の策定、全国古書関連人材の研修データベースの設立、古書人材研修拠点と古籍整理の研究・学習一体化の研修プラットフォームの構築を進める」との記載がある。
チベット文明の結晶である貴重なチベット語古書の保護を確実に進めることは、中国の歴史を次世代に引き継ぎ、民族の復興を支えるうえで重要な意義がある。現在のチベットには古書の保護・整理業務に専門で従事する人材が不足しており、人材育成を強化すべきだ。それは、チベット古書事業の持続可能な発展を人的に保障するものである。
【プロフィール】
拉先加(ラー・シエンジア)
チベット族、民族学博士、中国チベット学研究センター宗教研究所副所長で研究員。中国チベット学研究センター青年チベット学会会長、中国チベット学研究センター青年理論学習チーム長、中国宗教学会理事、全国因明専門委員会理事、青海省仏教研究センター特別招聘研究員などを務める。著書に『ゲルク派主属寺系統の歴史文化研究』、『嘉木―― M村民族誌』などの宗教学・人類学方面の学術研究専門書があり、同氏の研究成果は4度にわたり中国チベット学研究の最高賞である「チョモランマ賞」を受賞している。