パンダの海外「セレブ生活」(その2)

2022年11月18日、カタール、ドーハにて、パンダの「京京」[ジンジン]に引き寄せられる現地の人々。撮影/「中国新聞週間」記者 富田

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パンダの2つの世界

「歓歓」はケージ内で仰向けになり、おとなしくボーヴァル動物園の獣医による超音波検査を受けている。いい子にしていたご褒美は、大好きなリンゴだ。「双子ですね」。胎児の影を見つけた獣医は、感動を隠せなかった。パンダは年に1度しか繁殖行動をおこなわず、通常は3月から5月の間に発情するが、妊娠の可能性が高い期間は、わずか2、3日しかない。パンダの発情の確認はいわば労働集約型の作業で、関係者総出でパンダの尿を採取し、ホルモン分析をおこなう必要がある。命令されれば排尿することができる「歓歓」は、その負担を軽減してくれる尊い存在だ。一方、はるか彼方の米スミソニアン国立動物園で暮らす「美香(メイシアン)」はこの技能を身に着けていないため、繁殖期が訪れるたび、大勢のボランティアが徹夜でモニターを凝視しながら「おしっこ地図」を作成し、尿が採取できる場所を飼育員に教えるという人海戦術が採られている。

飼育しているパンダをできるだけ多く繁殖させることは、動物園にとっての重要任務だ。ハーバード大学歴史学科のイアン・J・ミラー教授の指摘によれば、1980年代以降、種の移動を制限する動きが活発化するにつれ、動物園内で繁殖をおこなおうという機運が高まり、動物園は次第に動物の消費者から生産者へと変わっていった。「長期的に見れば、こうした内的変化が、有益な動物飼育技術を発達させたと言えます。なかでも注目すべきは飼育環境の整備によって、動物たちは適度な刺激を受けることで心と体の健康を保てるという考え方が普及したことです」

だが、世界的に見れば、動物園でパンダの繁殖を試み失敗した例は、成功した例よりはるかに多い。
春になり、ボーヴァル動物園の飼育員たちは「圓仔」と「歓歓」の交配を試みたが、「圓仔」がなかなかその気にならず、その春は失敗に終わった。そんなことがしばらく続き、パンダは生殖行動に興味がないのではないかと疑う意見すら出はじめた。米スミソニアン協会のパンダ専門家ビル・マイクシャーによれば、野生のパンダにこうした問題は見られないという。オスのパンダは春になると山の尾根や頂に集結し、そこにメスパンダがやって来る形で、集約的な交配行動がおこなわれる。しかし動物園では、この方法を採ることができない。

飼育環境下では、パンダ同士でパートナーを選ぶことはできず、自然交配して妊娠に成功する確率はかなり低い。

自然交配に失敗した後、医療チームは「歓歓」に人工授精を施した。その4カ月後、超音波検査で「歓歓」の妊娠が確認された。赤ちゃんパンダの飼育サポートのためボーヴァル動物園を訪れていた中国人飼育員・何平の記録によれば、「歓歓」のお産は次のようだった。分娩当日の午前中、「歓歓」はイライラしたように歩き回りはじめた。数時間後、腹部が急激に起伏しだし、お産の始まりを示唆した。「歓歓」は小さなうめき声を上げ、しっぽを噛んで丸くうずくまったかと思うと、前足で手すりにしがみつき、懸命に痛みに耐えているようだった。「皆緊張で、心臓が口から飛び出そうだった」

夜10時頃、「歓歓」の第一子が誕生した。産声は上がらず、全身が青白かった。その十数分後、甲高い鳴き声とともに、ピンク色のツヤツヤの赤ちゃんが出てきた。パンダの母親は生まれた子の中から一番丈夫そうな子を1匹だけ選んで育てる。「歓歓」は後から生まれたパンダをくわえ上げ、懐に抱えた。見捨てられた第一子は、すぐさま保育器に入れられたが、1時間後に衰弱して死んでしまった。

この「歓歓」のお産の様子は、2017年8月4日、SNSでライブ配信され、約2600万人が固唾をのんで見守った。大きな産声を上げた赤ちゃんパンダが「圓夢」。出生時の体重は142グラム、目はまだ開いておらず、見た目はまるでネズミの赤ちゃんのようだった。それより2カ月早く生まれた「シャンシャン」〔香香〕も上野動物園で大フィーバーになっており、シャンシャンの無邪気な姿をライブ配信したJ-Streamの株価は、配信当日にストップ高を記録した。パンダの赤ちゃんが誕生すれば、動物園の来場者数が飛躍的に跳ね上がるのは、どの国でもいつの時代でも同じのようだ。

上野動物園の故・中川志郎元園長は、パンダが深く愛されるのは、人間の気持ちをほぐす何かを持っているからだと語っていた。

他の霊長類に比べて、パンダの顔は平べったく、しっぽも短く、小さな子どものように背筋を伸ばしておすわりし、人間と同じような動きで物を動かすことができる。パンダの「親指」は、実際には手根骨の一部が飛び出たものなのだが、これがあるおかげで、パンダは人間と同じように食事をすることができる。他にも、パンダの丸く柔らかな体型、人畜無害、いたずらっ子、中性的(パンダも人間と同じように性器を覆い隠している)な雰囲気が、人間の子どものようなかわいらしさを醸し出し、人間の庇護欲をかき立てる。保護と繁殖の他、研究もまた、長期パンダレンタルの重要な一項目だ。

例えば、アメリカのアトランタ動物園は成都パンダ繁殖研究基地と提携し、パンダの母子関係について研究をおこなっている。中国ではパンダを飼育する際、出生数を増やすため、赤ちゃんが6カ月になったら母親と引き離す。なぜなら、ママパンダは、吸啜刺激〔赤ちゃんが乳房に吸い付く刺激〕がなくなると母乳分泌が止まり、体が次の妊娠に備えるようになるからだ。しかし野生では、赤ちゃんパンダは18カ月かそれ以上の間、ママパンダと一緒に過ごしている。

早期にパンダを「託児所」に送り込むようなやり方が、果たして本当に発育や成長の助けになるのだろうか。動物学者たちが様々に異なる環境で育った赤ちゃんパンダを観察した結果、パンダにとって、早期に母子間で親子の情を育むことは、情緒や知能、適応能力の発達に大きく関係する非常に重要なことであることが分かった。また、アメリカのサンディエゴ動物園は四川省卧龍中国保護パンダ研究センターと提携し、匂いに関する研究をおこなっている。

実験の結果、パンダは匂いをコミュニケーションツールとしていることが分かった。

匂いの残留濃度がパンダの社会的地位と関連しているらしく、特にオスは逆立ちして高所に向かって尿をまき散らすなどの行動を取る。各国の飼育員、獣医、科学者で構成される世界規模の知識ネットワークは、膨大な量の研究成果をあげている。これらの知識のおかげで、パンダという種を更に深く知り、飼育下にあるパンダの健康と福祉を改善し、野生パンダの保護に役立てることができる。ヘンリー・ニコルズは著書『パンダが来た道:人と歩んだ150年』〔白水社、2014年〕の中で、人工飼育されたパンダでも、いまでは自力で生き延びることができるようになっている。つまり、野生のパンダは絶滅することはないと考えてもよいのではないだろうか。ただしそれは、パンダは野生復帰できるという仮定の下での話だと言及している。

人工飼育下のパンダをもし無事に野生復帰させることができたら、それは野生の個体数を補い、血縁関係をリフレッシュさせ、遺伝子多様性を保つことにつながり、マイナー種の衰退や絶滅を防ぐことができるだろう。ニコルズも、その作業はまだ完了していない。……人工飼育のパンダが生きている限り、野生復帰は努力すべき目標であり続けるだろうと書いている。ドロー園長は「圓夢」について、中国返還後、野生復帰計画の対象にはならないだろうと予想している。それでも、「圓夢」の子孫がいつか山に帰れる日が来ることは期待できるかもしれない。

2017年8月5日、大阪で行われた「パンダ特急」の出発式。写真/資格中国

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