Category: 論説・主張

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ビクトリーブーケが東西文明の交流と融合を表現、北京冬季五輪の担当者語る

花は大自然が人類に与えた最も美しいものの一つであり、人類の生活と密接に関係し、独特の情感的機能を持って人類と共に発展してきた。花と五輪競技の組み合わせは、栄光の瞬間を見届けるだけでなく、平和へのあこがれも伝えている。

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<日中100人 生の声>コロナ禍で変わりゆく環境 新たな日中交流への挑戦―井上正順 青年起業家

2020年1月18日、私用で訪れていた山東省済南市から日本に一時帰国した。スタートアップで立ち上げた会社の事業がようやく動き出すことになって、私は春節前の休暇を日本で過ごそうと考えていた。 日本に戻ってから日にちが経つごとに、新型コロナウイルス感染症のニュースを耳にする機会が増えていく。中国から一時帰国する前にも正体不明のウイルスがあるかもしれないという話を聞いていたが、まさかここまで大きな出来事になるとは、誰が想像しただろうか。 私は中国の大学に進学したことで、人生を大きく変革することができた。だからこそ、教育という手段で日本・中国に恩返しし、貢献したいと強く思い、学業では教育を専攻し、学外では日中民間交流を促進するため日本人留学生会の代表として、学内での日中交流会、北京日本大使館での日中友好成人式などのイベントを企画した。将来教育で事業を起こすため、いかに効率よく経験を積むかを熟考し、2015年に学部を終えた私は東京に戻り「北京語言大学東京校」の職員となった。日本全国の高校・日本語学校に足を運び、多くの学生、教職員たちに中国の魅力や中国語学習による将来のキャリア形成などを説いてきた。北京に留学する友人たちと企画した日中友好成人式 元々2年間働いてから中国政府奨学金を申請して大学院に戻ろうと決めていた私は、予定通り2017年から修士課程に進学し、よりレベルの高い研究とインターンシップという形で中国社会で実践を積んできた。そして2019年の修士修了間近のタイミングで中国人の友人と教育関係の会社を立ち上げることを決意し、新一線都市No.1の成都を訪れた。大学時代から6年以上の時間を過ごした北京から離れるかについて迷ったが、知り合いが誰もいない中で1から仕事を立ち上げる過程に挑戦したいという思いから決断をした。聞き取りづらい四川訛りの中国語、北京で食べるのとは比較にならない本場の四川料理の激辛、常に湿気が強い南国気候、慣れないことが多い中でも忙しく仕事をしたことを覚えている。 このように、自分で語るのもおこがましいが、学部時代に掲げた目標に向けて順調に歩んでくることができたと思っていた、その時までは…。 新型コロナウイルス感染症が蔓延し始め、中国への入国が出来なくなり、会社の状況も日に日に悪化、最終的には登記人だった中国の友人とも音信不通になり、事実上の倒産という最悪の状態。東京に戻ってきても何ができるか分からず、また外出自粛ムードで仕事もできない、そんな逆境の中でも私が信念を曲げずにやり続けてきたのは日中交流活動だった。 連日のように取り沙汰される新型コロナウイルスのニュースから、中国に対する国民感情が悪下していく姿は、2012年尖閣諸島国有化問題が起こった時のことを思い出させた。当時の私は北京で学生をしており、現地での時代の変革や中国人との対話を経験したことがきっかけとなり、日本と中国の友好に携わっていきたいと夢を描くようになった。それから9年の時が経ち、今新型コロナウイルスという未曾有の問題が立ちはだかる中、自分なら何ができるのかはもちろん、一番大変な時だからこそ、どうしたら中国との「草の根交流」を絶やさずに継続できるかを考えた私は、2020年4月11日に東京都日中友好協会青年委員会で初めて中国現地とのオンライン交流会を企画、そこから毎月1回以上のペースで言語や文化、旅行など多分野に渡るイベントを企画し、また日本各地で日中民間交流に寄与する多くの人材や中国駐日本国大使館や北京市人民対外友好協会などと交流を重ねることができた。 その結果、2021年4月から東京都日中友好協会青年委員会の委員長に就任することになり、日中草の根交流の最前線で活動することになった。 今でこそ当たり前になったオンラインイベントだが、当時は使い方が分からない人への対応、ネット速度、交流方法など、さまざまな問題を工夫しながらひとつひとつ解決していった。その中で特に工夫したのは交流方法だ。 イベントに参加し、交流するという点では大きな違いはないが、顔は見えていても同じ空間にいないので、相手の表情や動作がわかりづらく、円滑に交流するのが難しくてその場限りになりやすい。そんな中で、どうしたら交流の内容を深め、イベントの価値を高め、その場限りで終わらず次回の交流に繋げることが出来るかを熟考し、ワークショップ形式のイベントを企画することにした。約1カ月間、見ず知らずの日中青少年12名がグループを組み、オンライン上で日々発表の準備に取り組むことにより、直接会わずとも親交を深め、12名の日中青少年同士で友好を深めることができた。 このように、オンラインになって以降、試行錯誤の中でも問題意識や実現したい明確な目標を持って動くことにより、新しい発見や気づきを得ることができた。同じように、コロナ禍だから諦めるのではなく、今しかできないことを明確にしていくことが大事だと考える。例えば私は今まで中国に滞在していた時間が長かったが、この1年半は1度も中国に戻れていない。こんなことは初めての経験だが、だからこそ日本で多くの人と交流を持つことができたのだ。 まさしく人生は、環境の変化との戦いである。東京に戻ってから活動してきたこの経験が、将来中国に帰った際にどれだけ活かせるのか、自分が日本と中国の青少年交流促進にどれだけ寄与できるのか、常に自問自答しながら、これからも日々挑戦していこうと思う。 ※本記事は、『和華』第31号「日中100人 生の声」から転載したものです。また掲載内容は発刊当時のものとなります。 ■筆者プロフィール:井上正順(いのうえまさゆき) 東京都日中友好協会・青年委員会委員長、日中友好青年大使。1992年生まれ。北京語言大学漢語国際教育専攻学士・修士号取得。留学中は北京語言大学日本人留学生会代表、日本希望工程国際交流協会顧問等を歴任。2019年に中国でスタートアップを経験。2020年9月に学友と日本で起業。

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「一帯一路」はどのようにユーラシアに利益もたらすのか―新疆の研究者が紹介

2022年は中国が「一帯一路」の構想を明らかにして9年目の年だ。中国が主張する「参加各国がウィンウィン」の状況はいかに構築されるのか、ユーラシアにいかにして利益がもたらされるのか。新疆社会科学院経済研究所の王宏麗副院長はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、ユーラシアの広い範囲における「一帯一路」にまつわるさまざまな状況を紹介した。以下は王副院長の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。 ■まずは各地の産物を円滑に動かす「物流ルートの建設」が決め手 広大なユーラシア大陸では地域により条件が大きく異なるために、土地によって強みを持つ産物もさまざまだ。カザフスタンの小麦や食用油、パキスタンのグワダル港で水揚げされる海産物、グルジアのワイン、ウズベキスタンのチョコレートやキャンデー類、ビスケット、アゼルバイジャンのジュース、マレーシアのコーヒーなど、食品類だけでもきりがないほどだ。物流のレベルを向上させれば、さまざまな品が各国の人々の家庭にスムーズに入っていくことになる。 中国では、西部にある新疆と国内中部や西部を結ぶ、北・中・南の三大ルートが形成された。さらに新疆ではインフラ建設も進んでおり、通関に必要な時間も短い。これらは、新たな物流のシルクロードを円滑に機能させるための重要な支えだ。 ■中国国内の建設だけでは完結しない、国際協力が不可欠だ もちろん、物流ルートの建設が中国国内だけで完結するわけではない。中国は現在、パキスタン、モンゴル、ウズベキスタン、キルギスと国際鉄道路線の建設を加速することについての交渉をしている。また新疆はカザフスタン、キルギス、タジキスタン、パキスタン、モンゴルの5カ国それぞれと、交際道路運輸についての双方向協力を行っている。新疆と周辺国家の間で開通した国際道路運輸ルートは107本に達した。 「一帯一路」によって、中国と世界が連動して発展する状況が加速する。例えば、中国の「一帯一路」の提唱とカザフスタンの開発計画は融和点が多い。そこで中国のバス製造会社である宇通公司とカザフスタンの技術企業が合弁で、電動自動車と欧州のユーロ5の排気ガス基準を満たす環境保全型のバスを生産する工場を建設した。カザフスタンの首都であるヌルスルタンの市民は、電動バスを利用することになった。 キルギスは「一帯一路」を最も早く支持し、積極的に参加した国の一つだ。両国の協力は長年に渡り、多くの成果をあげてきた。例えば中国の専門家の協力を得て、キルギスの首都であるビシュケクから標高が約2000メートルの同国中部のナルンを経由して、中国との国境の街であるトルガルトに達する道が建設されたことなどだ。文化や教育の分野でも、両国の協力は双方に強大な力を注入している。現在はキルギスの学生4000人が中国の大学で学んでおり、キルギスの若い世代は中国に対する関心を高めつつある。 ■中国国内経済と国際経済の接合地点の新疆に大きなチャンス 中国は現在、国内の経済循環を主体にして、国内の経済循環と国際的な経済循環を接合させる開発パターンを進めている。経済における開放をさらに高い水準にして、次に国内の経済大循環の建設に注力し、国内外の経済循環の接合を進める順番だ。 そのために「新時代に西部大開発を推進し新たな枠組みを形成することに関する指導意見」など、長期展望による政策方針が定められた。そして「高利便性、経済的で高効率、環境配慮を集約、スマートで先進的、安全で高信頼性」といった特徴を持つ、質の高い立体的な国家総合交通網の建設が進められることになった。 中国は交通運輸の分野でも、レベルの高い海外開放を進めることで、総合的な運輸の大きなルートを建設し、総合的な交通の枢軸を発展させている。そのことにより、交通や観光などの産業が融合して発展していくことになる。 このような状況により、地理的な位置からして新疆の重要性はますます高まっている。今後は道路、鉄道、航空、パイプライン、さらには電力、電信、郵政、税関、品質検査などの分野で、各地域や国が個別に構築を進めるのではなく、技術標準などに整合性を持たせていく動きが、改めて急速に進むだろう。交通インフラ網に支えられた運輸サービス、情報ネットワーク、エネルギーネットワーク、産業の配置などで複数の地域が協調して発展する未来は、シルクロード経済ベルトの中核地域である新疆に、より多くの発展のチャンスをもたらすことになる。(構成 / RecorChina 如月隼人)

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中国式「統一戦線」とはどのような仕組みなのか―理論研究の専門家が解説

中国では政治や社会の安定や団結などを語る際に、しばしば「統一戦線」という言葉が使われる。そして中国では、西側諸国では中国式の「統一戦線」が理解されていないとの声が強い。中国統一戦線理論研究会統一戦線基礎理論上海基地の副秘書長なども務める復旦大学マルクス主義学院の肖存良副院長は、このほど中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、中国の「統一戦線」について解説した。以下は肖副院長の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。 ■現代国家の大きな課題は、国家の一体性と整合性を保つこと 現代社会では分化が進行しており、必然的に多元化という現象が出現している。一方で、現代国家は分化した社会を統合し、国家全体の一体性と整合性を保たねばならない。西側国家の基本は国内の諸勢力や諸権力の分立であり、この分立により巨大な遠心力が発生する。この遠心力のために、国家の一体性と整合性を維持することには大きな困難が生じる。 中国の政治において、統一戦線は社会の整合性を実現する重要な方式だ。統一戦線は中国共産党を中心とする政治の同心円として構築される。社会における共産党以外の政治の力を共産党の周囲に凝縮させる方法だ。共産党以外の勢力は共産党の指導を受ける一方で、自らの相対的な独立性を維持し、自らの発展の規律に従って独立して発展する。 中国共産党は21世紀になってから、統一戦線が推進する「調和させる五つの関係」を明示した。すなわち、政党関係、民族関係、宗教関係、階層関係、さらに海外同胞との関係だ。 ■本質的に統一戦線を形成できない西側国家、中国の発展を目にして焦燥 一部の西側国家では、ある政党が選挙に勝利すれば与党となり、敗北すれば野党になることを繰り返している。従って、中国共産党のように長期にわたり統一戦線を維持してきたわけではない。西側諸国の政党も協議や協力をすることがあるが、厳密な意味での統一戦線ではない。 西側国家の政党に統一戦線を形成する機能は備わっていない。そのため、中国の統一戦線方式については、極端な見方が存在する。まず西側国家では長らく、統一戦線は中国共産党の「自己満足」であり、中国共産党による内部統制の手段と見られてきた。 そして2008年に世界的な金融危機が勃発して以来、西側国家は中国の経済や社会の急発展に焦燥を感じるようになった。そして、中国共産党による統一戦線の推進、特に海外での推進を自国の安全上の脅威とみなし、悪意ある攻撃を加えるようになった。 ■かつては中国の統一戦線を正しく理解したが、現状ではほぼ不可能 中国共産党は1935年、抗日戦を戦うために内戦を停止して、社会のあらゆる勢力が結集して日本軍と戦うべきという、抗日民族統一戦線の提案を行った。そして1936年12月の西安事件を転機に、翌1937年の第二次国共合作が成立した。多くの西側のジャーナリストや政府関係者が、この時期には中国の「統一戦線」を比較的客観的に理解し、報じていた。中国共産党が抗日民族統一戦線の旗印を高く掲げて日本による侵略と戦っていることは、歴史的事実と理解された。 そして西側研究者は中華人民共和国が成立して以降、特に改革開放の開始後は、中国共産党による統一戦線を次々に研究するようになった。それは、中国共産党史や中国近現代史の視点による学術研究だった。 一方で、西側国家や西側のメディアは、中国の統一戦線について事情をよくしらず、現在は中国の国力が日増しに強まっていることを焦ってもいる。従って、西側が早期に、イデオロギーの偏見を捨て、中国の統一戦線の仕事に対して正しい見方をすることは、ありえない。(構成 / RecordChina 如月隼人)

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「歴史の終わり」の終わり 中国モデルとは何か 中央党学校の蔡之兵氏に聞く

  北京1月16日発中国新聞社電は、中国共産党中央党学校(国家行政学院)経済学教育研究部の蔡之兵副教授の「『歴史の終わり』の終わり 中国モデルとは何か」と題する次のような論文を配信した。  1989年夏、米国の学者フランシス・フクヤマ氏が「歴史の終わり」と題する論文を発表し、人類の歴史の進歩とイデオロギー間の闘争が終わりに向かおうとしており、西側の自由民主制度が人類にとって政府の最終的な形式になると公言し、その後ベルリンの壁崩壊やソ連解体といった事件によって多くの人がこうした論断を正論であると信奉した。しかし、その後の中国の数十年におよぶ輝かしい発展の成果は「歴史の終わり」という論断をはっきりと終わらせたとともに、100年間なかった変局を背景として、あらためて全世界に中国と西側の発展モデルに関する比較研究ブームを巻き起こしている。  ◇発展モデルに高低と優劣はない  必ず一貫して冷静に意識するべきなのは、中西の発展モデルの比較にせよ、あるいはその他のいかなる国家間の発展モデルの比較にせよ、その目的は異なる発展モデルの間の長所をとり短所を補うことを実現することにあり、異なる国家発展モデルに対し高低や優劣をつけるためではないということだ。直観的なロジックから見れば、どの国の発展モデルもそれぞれの国の地理・歴史・気候・環境などの属性から生まれたものである。これは現実に存在する国家発展モデルはどのようなものであってもそれが存在するだけの理由があるということを意味している。そのため、この世界にはただ一つの「最も優れた国家発展モデル」があるという謬論はなんとしても打破しなければならないし、それ以上にあるモデルに依拠して軽々しく他の国家発展モデルをあれこれ論ってはならない。  実際のところ、どのようなタイプの発展モデルであっても自身の問題を抱えており、合理的な発展モデルであれば発展のプロセスの中でこれらの難題を解決し、国家の長期的安寧、人民の幸福と健康、民族の自立自彊という最終的な目標を実現できる。一方、不合理な発展モデルはこれらの難題を解決することができないため、徐々に衰退し、さらには消え去っていく。そのため、ある国家の発展モデルを評価するには、必ずその発展モデルがその国の発展プロセスにおけるさまざまな問題を絶えず解決できるのかどうかという視点に立脚しなければならない。  ◇中西の発展モデルの本質は何か  表面的に見ると、中西の発展モデルの比較とは、中国の特色ある社会主義市場経済制度と資本主義市場経済制度の違いに要約できる。  西洋経済学の基礎を築いた人物の一人であるアダム・スミスは「国富論」の中で、資本主義市場経済制度の輪郭を「政府と市場がそれぞれの役割を分担する二元構造のイメージ」として描き出した。しかし一見境界がはっきりと分かれたこうした二元構造は一種の虚像に過ぎず、こうした二元構造の背後にある絶対的支配者、すなわち資本は市場という広大な経済学の概念の中に完全に隠されていた。言い換えれば、資本主義市場経済制度は一見政府と市場の二元構造のように見えるが、実際には資本が絶対的に主導する一元構造であり、政府と市場とを問わず、どちらも資本の絶対的支配を受けているのだ。  資本の利潤追求という天性は、資本が市場の規模を絶えず創造し拡大することを決定づけている。これは市場に関してはもとより言うまでもないことだが、相対的に隠れているのは資本が絶え間ない利潤規模拡大の目標を実現するために、政府の意思決定にも深く参入し、深く影響を与え、ひいては直接的にこれを支配しているということだ。これは西側の政党がさまざまな資本集団の利潤を代表することしかできず、金権政治現象の出現をもたらす根本的な原因にもなっている。  そのため、資本主義市場経済制度は実際のところは資本が利潤最大化の原則に基づいて構築した制度であり、資本はその中で絶対的な統治権を有している。一方、マルクスの「資本論」、あるいはピケティの「21世紀の資本」では、資本要素の利潤追求性と資本要素の無制約性により、資本主義市場経済制度においては生産・分配・交換・消費などのすべての段階で解決できない内生的難題が出現する可能性があることを明らかにしている。例えば、生産手段の社会化の程度が高まるとともに生産財の個人占有度が高まる矛盾、消費の成長と供給の成長のアンバランスの矛盾、労働要素と資本要素の所得格差の絶え間ない拡大の矛盾などだ。そのため、資本は資本主義市場経済制度下ではあらゆることを統治し、ひいてはそれを改造することができるが、こうした制度そのものに埋め込まれた先天的矛盾により、資本は最終的にすべてを破壊することになる。  さらに分析を進めよう。資本主義市場経済制度が続いているのは、第一に、資本主義先進国が過去数百年の発展の蓄積によって形成された産業技術の先発優位性をたのみに、グローバル産業分業体系の中でその他の後発国の余剰価値を継続的にかすめ取っているからだ。第二に、これらの国の内部のさまざまな資本集団の間でも一定の相互けん制が形成される。しかし、これらの資本は経済的利潤を獲得するという目標が高度に統一されているため、長期的に見るとこれらの資本がより多くの経済的利潤を獲得できなくなった場合や非経済分野でなんらかの打撃が突如出現した場合、資本間のけん制作用は顕著に弱まり、それが国家の安定と安全保障の発展に影響を与えることが決定づけられている。前者は一部の西側の先進国の周期的な経済危機ならびに2007年の米国のサブプライムローン危機勃発後に西側先進国内部で国家債務と信用危機、社会集団の分断、政党の悪性の競争などのさまざまな混乱が大規模に発生したことに表れており、後者は少なくない先進国の新型コロナへの対応の非効率性と無力さに表れている。  これに比べ、中国の特色ある社会主義市場経済制度も「政府と市場の二分構造」を有しているが、中国共産党が存在することにより、資本要素は資本主義市場経済制度下における市場と政府に対する影響力を持っておらず、それ以上に政府を支配・改造する能力を持っていない。これは中国共産党が一貫して人民の立場と人民の利益という単一の指向性を堅持しているからである。  またまさしくこうした特質により、中国共産党は政府と市場をリード・制約するとともに、より正しく、より有效な役割を果たすことができるのである。これは政府と市場という2大主体が中国共産党の指導下では実際のところ「二者合一」であることを意味している。  政府としての役割を発揮する面では、中国の特色ある社会主義市場経済制度の導きの下、政府はより低コスト・高效率により大規模な市場をつくることができる。例えば、中国は1980年代に最初の高速道路を建設してから、わずか30年余りの間に米国が80年余りかけて建設した高速道路よりも長い距離の高速道路網を築き、中国の地域経済の高度の接続と一体化発展を大きく促進した。これだけでなく、その他の鉄道、空港、国家送配電網、光ファイバーネットワーク、5G〈第5世代通信規格〉基地局の建設などにおいても、中国政府は巨大な「プラットフォーム」づくりの役割を発揮し、企業の高速成長のための堅実な基礎を築き、経済の飛躍と急速な追走を有効に促進した。  市場が正しい役割を発揮するようリードする面では、中国共産党の指導により、政府は資本の無秩序な拡大と悪意ある独占などの行為を主体的に抑制し、コレラの行為にもたらされた市場経済の盲目性、タイムラグ性、さらには自発性によって引き起こされる一連の経済危機勃発の可能性を除去することができるだけでなく、例えば、数年前にインターネットファイナンスの過度の拡大を抑制し、最近では少数のインターネットトップ企業による「二者択一」の悪意ある競争行為や国家の情報データセキュリティーに危害をもたらす行為を有效に監督管理するとともに、資本の生産要素としてのポジティブな役割を発揮させ、そのネガティブな役割を抑制すべきであることを明確に提起している。これと同時に、党の自己監督によって政府が「人民の立場」と「人民の利益至上」の原則に基づいて運営されるよう制約し、それによって資本の政府に対する侵食に有効に対処し、政府が資本のしもべとなることを回避している。  さらに重要なのは、中国共産党の絶対的な核心としての地位と人民の利益が直接的に関連しているため、中国の民衆の党と政府に対する信頼度が他国とは比べ物にならないことだ。これにより、中国の発展モデルは経済発展において巨大な優位性を有するだけでなく、非経済分野における打撃への対応においてもしばしば際立ったパフォーマンスを示している。例えばこのたびの新型コロナへの対応における中国の優れたパフォーマンスは人民の生命の安全を保障するという点における中国の発展モデルの巨大な優位性を疑問の余地なく証明している。  ◇中西の発展モデル、それぞれの進化のカギ  文明と国家間の開放と相互参照こそ文明と国家の繁栄と隆盛の前提であることはすでに歴史的に証明されている。近代において独走状態となった西洋文明は東洋文明の滋養や後押しと切り離せない関係にあり、また中国の発展モデルがここ数十年声高らかに勇ましく前進しているのも西洋の発展モデルの有益な経験を十分に吸収・導入したことと密接に関係している。  カギとなるのはやはり、中国が一貫して冷静さを保ち、自身の発展モデルの不足を意識することができるかどうかである。いかにして党の理論を刷新して現実の問題の変化に一貫して追いついていくか、いかにしてより多くのリーダーシップのある産業と技術を生み出すか、いかにして政府の市場に対する過度の影響を回避するか、いかにして政府の運営コストを引き下げるかなどの難題において、中国共産党は内部の改革の全面的深化と政党の自己革命によってこれを解決することを強調するとともに、対外開放の基本的国策を堅持しており、引き続き全世界の国と共に発展の道筋を模索し、ウィンウィンの発展の目標を実現しようとしている。  これに比べ、一部の西側先進国は正常な国家競争を恐れ、かたくなに「隣国を自国の洪水のはけ口にする」ような発展戦略を選択し、自身の問題の内的原因を顧みず、その咎を外部の要素に帰すことに固執し、内部の長期的な矛盾を解決する勇気と知恵を失い、シーソーゲーム式の茶番劇に陥っている。(中国通信=東京)

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【観察眼】北京五輪が中日両国に新たな「雪の縁」をもたらすことを願う

日本五輪委員会(JOC)は20日、日本人選手122人を北京冬季オリンピックに出場させると発表した。その中には、多くの中国人にもなじみがある著名な男子フィギュアスケートの羽生結弦選手も含まれている。羽生選手は今回の冬季五輪で、オリンピック三連覇に挑戦する。  今回の冬季五輪に関連しては、多くの人を感動させた中日協力のよいエピソードがある。先ごろ開催されたスノーボードのワールドカップの男子ビッグエアで、蘇翊鳴選手の初優勝に貢献したのは、日本人コーチの佐藤康弘氏だった。佐藤氏は日本のトップ選手を何人も育ててきた。佐藤氏は、「中国人選手のコーチをすることで葛藤を感じたこともあったが、こういうことは国境を越えてよいのだと思うようになった」と語った。蘇選手は日本のナショナルチームのメンバーと共に練習してレベルを向上させ、北京冬季オリンピックではメダル獲得が期待されるようになった。佐藤氏の話は極めて実直であり、感動的だ。佐藤氏の話には、一人の日本人コーチ、一人の日本人が「さらに団結する」という、スポーツ精神への理解と実感がこもっている。  私は1998年に冬季オリンピックが開催された長野県で2年間近く仕事をし、生活したことがある。その時期に、現地の人々が何度も、北京冬季オリンピック組織委員会のメンバーを心を込めてもてなし、冬季五輪の開催に関連した経験と教訓を詳細に説明するのを見た。五輪に出場する中国人選手が現地で緊張して練習する姿と、日本人コーチが献身的にすべて伝授する様子も見た。長野の人々が北京市での冬季オリンピック開催を、情熱を込めて応援していることも感じた。日本の友人の友好と情誼、中国人の感動と感謝は、今も忘れがたい。  日本はウインタースポーツで、一定の強みがある。フィギュアスケート、スピードスケート、スキージャンプなどでは、相当な実力がある。そのことはかなりの程度、日本独特の冬の自然条件から得られた。北海道や長野など、世界でも雪質が一流のスキー場は、選手らによい練習条件を提供している。現地の子は幼いころから雪の上で腕試しをする機会がある。数多い優秀なスキー場やレベルの高い指導陣、完備された各種施設によって、ウインタースポーツの愛好者は取りつかれたように夢中になる。初心者もウインタースポーツが大好きになる。  1980年代の日本では、連続テレビドラマ「私をスキーに連れてって」が一世を風靡した。純白のスキー場で繰り広げられるロマンティックな愛の物語に魅了され、当時の日本では無数の若者が、朝の4時か5時には車を運転してスキー場に向かった。ゲレンデを颯爽と滑る快感と、氷雪に覆われた自然世界と調和して一体となる愉悦感を得るためだった。  北京冬季オリンピックの開催に伴って、当時の日本の全国民的なスキーブームが、中国で再現されている。中国人のウインタースポーツへの情熱が爆発した。関連統計によれば1月1日から3日までの元旦3連休期間中、スキー場周囲の宿泊施設の予約は連休前の2.4倍になり、スキー場入場予約は2.1倍になった。雪や氷を目玉にする観光スポットの入場予約は3.2倍になった。豊富で多彩な雪や氷に関連する活動はこの冬、中国で最も活気あるレジャーと観光のテーマになった。  北京オリンピックが契機となり、さらに中国政府が「3億人を氷と雪の上へ」と提唱したことが実は、得難い発展のチャンスを日本にもたらした。白馬や野沢温泉などのスキー場の条件は、アジアだけでなく世界的に見ても独自の吸引力と魅力を備えている。それらの場所で見かけるのは従来、日本人以外にはほとんど欧米人やオーストラリア人だったが、ここ数年は中国人の姿がしばしば見られるようになった。少子化現象により、日本におけるスキー関連産業の国内市場はどんどん縮小している。欧米やオーストラリアからの客の数はすでにピークに達しており、これ以上の伸びは期待できない。一方で日本のスキー場は中国人客をますますひきつけている。中国の莫大な数のスキー客と日本の数多い天然良質のスキー場の相乗効果で、今回のオリンピックが中日両国に新たな「雪の縁」をもたらすことを願う。(CRI日本語部論説員)