日中国交正常化50周年記念活動を盛り上げよう!
――時宜を得た山口代表の「アジア安保機構創設」提案
昨年10月8日に行われた日中首脳会談で、岸田文雄首相は「日中国交正常化50周年である来年を契機に、建設的かつ安定的な関係をともに構築していかなければならない」と語り、習近平国家主席もそれに賛意を表した。しかしながら、米中関係が対立する中、日本の対中世論は依然として厳しく、大きな進展を見ることなく現在に至っている。それゆえ、50周年記念活動は不発に終わるのではないかと危惧する悲観的空気が漂っている。が、果たしてそうなるであろうか?私は「否」と叫びたい。理由は次の通りである。
先ず日中関係に大きな影響を及ぼす米中対立の行方を見てみよう。米国のなりふり構わぬ対中圧力は行き詰まりを見せている。新疆ウイグル問題での所謂「ジェノサイド」は客観的事実に乏しく今以上の広がりは難しい。北京冬季オリンピック「外交ボイコット」も掛け声はすさまじかったが勇み足のままだ。中国ロシアを対象とした「民主主義サミット」も、混乱と分離を招いただけであった。また、中国の軍事的脅威論を説いても、実体のある対抗策を組むことができず、対中包囲網を目指すクアッドもオーカスも前途は多難だ。1月3日、米国、ロシア、中国、フランス、英国の核保有5か国が核戦争の防止と核軍拡競争の回避に関する共同声明を発表するに至った。今回の声明発表は中国とロシアがイニシアティブをとったようであり、米国がそれに同調したことは、新年早々、緊張緩和を示す朗報と見てよいであろう。
もちろん、米中対立関係はイデオロギー及び構造的要因によるもので、総体的にみて米国がまだ絶対的優位に立つ今後10年は厳しい米中関係が続くことであろう。だが、昨年のような、赤裸々な対中圧力が本年も続くとは思えない。一年間にわたる対中強硬策によって、バイデン政権は結局何も得るものがなく、却って己の基盤の弱化を招いてしまったからである。米国国民の支持を得るには、何よりも先ず国民生活を改善させることであり、中国をはじめ諸外国とよい関係を築くことが求められる。トランプは対中国フェイクニュースで名を揚げたが、バイデンはそれを引き継いで窮地に立たされることとなった。「真実は雄弁に勝る」で、結局、コロナ感染に打ち勝ち、目覚ましい発展を遂げている中国の現実を抹殺することはできなかったのである。
次に日本の厳しい対中世論の行方はどうであろうか。確かに中国の軍事費は増大しているが、それは経済の成長に伴うものであり、決して急膨張しているわけではない。国防費の対GDP比率は1.2%台で、米国の3%台、ロシアの3-4%台、英国の2%前後、フランスの2%台、インドの2%台後半よりもずっと低い。絶対値で見ると、2020年における軍事費は米国が7000億ドル超に対し中国は約2500億ドル、米国の約3分の一である。中国のGDPは米国の約70%であり、軍事費の割合が米国よりもずっと低いことが分かる。一人あたりについてみれば、中国軍事費は米国の十数分の一である。米国の膨大な軍事費を問題にせず、中国の正常な増加を殊更に問題視するのは偏見そのものである。中国軍事力膨張論は、事実に合わない虚構論議であり、そのうちに収束していこう。
ここ数カ月、「台湾有事即日本有事」論が言われるようになり、日中関係は一気に緊張度を増してきた。50年前の国交正常化の際、最も大きな難題は台湾問題であった。国際法的には台湾は中国の一部であることは明白であり、日本が台湾を防衛する論調などは、日中共同声明と日中平和条約を根本から覆すものだ。当然、中国の世論を刺激し、日本軍国主義復活論が盛り上がっている。また、日本でのこのような論調は、対中世論を一層悪化させ、岸田政権の対中対話姿勢をけん制する結果を招いている。とは言え、このような論調はバイデン政権の台湾カード政策に便乗したものであり、米国の対中強硬姿勢後退と共に萎んでいく運命にある。安全保障重視の論客が対中抑止力強化を謳い、日米同盟強化と防衛力強化を強調するが、台湾問題は中国の内政問題であり、何ら影響を受けることはなく、机上の空論でしかないのである。
第三に中国側の対応と行方を見てみよう。新型コロナ対策、順調な経済発展、目覚ましい科学技術の発展、更なる対外経済開放政策、統合作戦軍事改革など、すべての分野で安定的な発展を遂げている。このような実態は日本のマスコミには殆ど報道されず、米国や英国から発せられるフェイクニュースが溢れ、対中世論形成の糧となっている。それは日本の一部政治勢力の反中姿勢とマスコミの偏見によるところ大だが、中国側の対応の仕方にも問題がある。昨年5月、習主席は国際的な発信の取り組みを強化・改善する必要性を語っており、今後は徐々に改善されていこう。肝心なのは、新聞報道をより開放し、「実事求是」の精神で外国人記者に良きことも悪しきことも自由に報道させることだ。マイナス面が報道されたら、それを糧にして改善すればよいし、虚偽報道であったら、事実で以ってそれを正せばよい。
米国や欧米の対中強硬姿勢に対して、目下のところ中国は柔軟な姿勢は見せず、真っ向から対決するため、「戦狼外交」と揶揄されるが、その実、中国外交は国際条約や規則を守り、相手国の状況を配慮する柔軟な姿勢をとるのが常である。しかしながら、米国の国際条約や国際慣例を無視した理不尽な強圧的態度に対しては、断固とした対抗措置をとっている。一昨年と昨年は正にこのような状態が続いた。ここにきて、米国が態度を改め、平等互恵、相互尊重の姿勢を見せれば、中国も柔軟な態度をとるようになろう。日中関係についても、もし日本が四つの政治文書を守り、台湾問題について誤解を招くような言動を改めれば、中国の対応はより融和的な姿勢に変わっていくであろう。昨今の日本は、対中抑止力強化論(対話時期尚早論)と対中対話重視論の二派に分かれているように見える。後者こそが日本がとるべき対応策であると考える。
以上に見るが如く、米国、日本、中国の実態を分析すると、米中関係と日中関係の現実が厳しい悪循環状態に陥っているように見えるが、それは表層的現象に過ぎず、何等かを契機として好循環に向かう必然性があることも認識すべきだ。ここで特に強調したいのは、新年早々公明党の山口那津男代表が、アジア地域での軍事衝突などの不測の事態を防ぐために、米国や中国、アジア各国が参加する常設の対話の枠組み(全欧安保協力機構のようなアジア安保機構)を、日本が主導して創設すべきだとの提案をしたことである。これは仮想敵国を持たない真の安全保障構築につながるものである。
また山口代表は、1月4日、米露英仏中の核保有5大国が核戦争の回避に関する共同声明を出したことを高く評価し、日本は「核保有国、非保有国の橋渡しをする」役割を果たすべきだと述べた。この共同声明は、五カ国の相互信頼を醸成するものであり、山口代表のアジア安保機構創設に通ずるものだ。従って、山口代表の安保機構提案と核問題での態度表明は、当面の緊張緩和を促す重要な発言であり、日本の世論と雰囲気を変えるきっかけになる可能性がある。広くPRして日中対話の世論を促し、50周年記念イベントの準備加速化の環境づくりに資することを目指したい。
私が山口代表の提案をかくも重視するのは、日中間の相互不信を招いた三つの政治的難題を解消出来る、或いは少なくとも緩和し得ると思うからである。
一つは尖閣領土問題。事の発端は「係争棚上げ、共同開発」の口約束が否定され、日中双方が固有領土論に拘るようになったことにある。領土主権を争うのは19世紀20世紀型の取り組みであり、21世紀においてはよりグローバルな視点に立って知恵を出すべきである。新安保機構はこのような知恵を出し合う場となるであろう。
二つ目は台湾問題。中国は台湾の平和統一を目指してきた。ところが、台湾の独立志向勢力と外部の干渉勢力が結びつき妨害されていると中国は反発する。「台湾有事即日本有事」論は、地政学的な台湾の戦略的価値を出発点としているが、相互信頼が醸成されていけば自然に消えていく。時間はかかるであろうが、平和的統一は間違いなく実現される。
三つ目は南シナ海問題。南シナ海の主権を巡る問題について、尖閣問題と同じく、中国は「係争棚上げ、共同開発」で解決しようとした。ところが外部勢力が関与することによって問題が複雑化したと見る。もし新安保機構が発足すれば、所謂人工島の問題についても、その国際的公共財としての役割が議論されるようになろう。
もちろん、新安保機構ができたとしても、すぐに効果的な機能を発揮するとは限らない。現に全欧安保協力機構がうまく機能しているとは言えないし、ASEAN地域フォーラム(ARF)も20数年の歴史を有するが、期待されるような役割を発揮してはいない。しかし、新しい歴史的条件の下で、もし日本が米国と中国及び関連諸国の意見をよく聞き入れ、公正な立場でリーダーシップを発揮するのであれば、成功する可能性があり、少なくとも緊張緩和に大きく貢献するであろう。
米国は「世界の憲兵にならない」と宣言し、もはや覇権的地位を維持できないと自覚しつつある。そして中国は覇権を求めないし、永遠に(世界一になっても)変わらないと宣言している。今後10年は、中国が米国を追い越そうとし、米国は欧日と共に中国を押さえ込もうとする、という危険な過渡期にあるとされ、トゥキディデスの罠に陥ることが懸念されている。が、国家間の相互依存関係は深まっており、五大核保有国が人類を破滅させる核戦争を起こしてはならないと宣言した今こそ、国連の安全保障体制を真に実現するチャンスであると見ることもできる。日本がアジア安保機構創設にリーダーシップを発揮する可能性と価値は十分にあると考える。
米国も中国も、日本のこのような提案にすぐには乗ってこないであろう。しかし、岸田政権が本気になって取り組めば、まずアジア諸国から賛同を得ることができ、米中両国も動かざるを得なくなるであろう。アジア安保機構創設運動を展開しつつ、日中国交正常化50周年記念活動を盛り上げていこう!(作者:日中科学技術文化センター顧問、福井県立大学名誉教授 凌星光。本稿は日中科学技術文化センター機関誌「きずな」冬季号に掲載されるが、許可を得て転載している。2022年1月5日。)