北京冬季五輪は「暖かさ」にあふれていた―その理由と「もたらすもの」を解説する
先ごろ閉幕した北京冬季五輪大会では、映像などを通じてしばしば「心が暖かくなるシーン」に接することができた。惜しくも優勝を逃した選手が顔を覆って泣くと、ほんの少し前まで“死闘”を繰り広げていた相手の選手がやってきて、涙を流す選手を抱きしめた。最後には、皆が笑顔になった。中国メディアの中国新聞社はこのほど、北京冬季五輪で出現した「暖かさ」を解説する記事を発表した。以下は同記事に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。
■2008年の北京夏季大会以来、中国には「大変化」と「不変」があった
北京冬季五輪大会に出場した選手や関係者は、同大会を表現する際に「暖かさ」という言葉をよく使った。雪と氷のスポーツ大会が、どうして暖かかったのだろうか。
五輪とはスポーツの祭典であると同時に、人と文化の祭典でもある。人々は選手が披露した素晴らしい戦いぶりだけでなく、五輪大会に伴う文化を感じる。人々が感じた北京冬季五輪大会の文化の一つが「暖かさ」だった。
北京で2008年に夏季五輪大会が開催されてから、14年が経過した。中国はこの期間中に大きく変化した。経済や社会は日進月歩し、科学技術も絶えず向上した。環境保護の理念も大きく前進した。一方で、中国が持つ友好精神や団結、真心、博愛は不変だった。
中国および中国人は、北京五輪大会の開催国であることを強く意識した。「ハードウェア」として一流の施設を提供すると同時に、ボランティアの「笑顔のサービス」、子供らの「心のこもった祝福」などが出現した。
■北京冬季五輪の「暖かさ」とは、人々を迎えた中国人の「人情味」だった
北京五輪大会は、世界が新型コロナウイルス感染症に覆われている中で開催されたが、安全と安心は確保された。五輪という祭典のために来訪した人々は、中国側の周到な準備を知ることになり、さらには熱意と思いやりをもって迎え入れられていると感じた。この迎える側の「人情味」こそ、多くの人がまずは感じ取った「暖かさ」だ。
「心から驚き、感銘を受けたのは、常に困難な条件の中でこの大会を組織し、成功させ、誰にとっても非常に安全であることを保証したこのチーム、この組織委員会、そして中国国民の能力だ」――。これは、IOCメンバーとして、北京冬季五輪の準備や進行状況を監督する役割を担ったサマランチ・ジュニア調整委員長の言葉だ。
中国は主催国として、自らの「暖かさ」を伝え、「暖かい場」を作り、そこにいる全ての人に「暖かさ」を通じて結びついてほしいと願った。
■全力を尽くして競技を終えた選手は、互いに抱き合った
カナダ人の名選手として知られるマーク・マクモリス選手はスノーボード男子ビッグエアで銅メダルを獲得した。そして金メダルを獲得した中国の蘇翊鳴選手を「彼には明るい前途がある。私は彼を誇りに思う」と称賛した。
スキーのフリースタイル女子ビッグエア決勝に進出したフランスのテス・ルドゥー選手は優勝に手が届かず2位に終わった。ルドゥー選手が顔を覆って泣き出すと、3位を獲得したスイスのマチルド・グレモー選手、そして1位の中国の谷愛凌選手が歩み寄って慰めた。女子選手3人が抱き合って一つになった。
男子フィギュアスケートの控室では、中国の金博洋選手と日本の羽生結弦選手が笑顔で写真に納まった。これらの「暖かさ」は年齢や性別、民族、国家、考え方の違いを超越した。「暖かさ」とは、連帯や平和、友情という共通の価値観と、その価値に対する人々のあこがれの現れだ。「暖かさ」は五輪精神の発揚であり、さらには大会主催国の中国の伝統文化にある世界観、発展観、スポーツ観にも合致している。
まさにこの意味で、第76回国連総会のアブドラ・シャヒド議長は、「北京冬季五輪は人類が粘り強さ、団結、幸せを追求するために役立つ。地政学を越えて、世界の団結、平和、人類の創造力を促進する重要なチャンスになるだろう」と述べたのだ。
この「暖かさ」は尊い。この「暖かさ」は人の心を潤す。北京五輪大会は閉幕したが、「雪と氷の上の暖かさ」が幕を閉じることはない。そして、北京冬季パラリンピックがまもなく始まる。(翻訳 / Record China)