「嫦娥」で進む中国の月探査計画

中国の月探査機「嫦娥5号」は2020年12月1日、「嵐の大洋」、の北西部に位置するリュムケル山付近に着陸後、合計1731グラムの月面土壌を採集し、17日に無事帰還。地球外天体でのサンプルリターンミッションを中国で初めて成功させ、中国の月探査プロジェクトにおける重要な進展およびブレイクスルーとなった。嫦娥5号が持ち帰った土壌サンプルにはどのような科学的秘密が隠されているのだろうか。中国科学院地球化学研究所月・惑星科学研究センターの李陽(リー・ヤン)副主任が「嫦娥」月面探査をめぐる神秘のヴェールの内側を語ってくれた。

江蘇省南京市で開催された 2021 年「中国宇宙デー」のメインイベントにて月のサンプル 実物が展示された。撮影/中国新聞社記者・泱波

記者:月の土壌にはどのような研究価値がありますか。月の形成や変化の歴史に関する認識を深めるうえでどう役立つでしょうか。

李陽:月の土壌とは小天体や隕石の衝突、太陽風による輻射(ふくしゃ)、ソーラーフレアーの粒子放出、銀河や宇宙からの放射線、昼夜の温度差等などの作用により月表面の岩石に断片化、溶融、気化、堆積、凝固、攪拌などが発生することで形成される微細な粉末を指します。月の海があるエリアの土壌の厚さは平均約5m、また高地エリアで は約10mに及びます。


 月表面の圧倒的大部分を覆う土壌は、人間が肉眼で観察し遠隔探査する直接的な対象であり、着陸・巡回探査およびサンプルリターンにおける主要な対象物また目標物でもあります。月面土壌研究は我々に月の形成・変化の歴史に関する大量の情報を与えてくれるだけでなく、土壌研究の物理的・化学的・機械的特性自体も、月面着陸や巡回探査および未来の月面基地建設や資源の採取・利用などといった科学プロジェクト・ミッションの重要な基盤になります。さらに月に関する研究結果は、我々に惑星比較学という側面から地球や太陽系のその他天体の形成と変化の過程を改めて認識させてくれるうえ、関連分析技術も地球、火星、隕石などのサンプルの研究業務において幅広く活用できるのです。

月表面で自動サンプル採集をおこなう月探査機「嫦娥 5 号」。写真提供/中国国家航天局

記者:探査機「嫦娥5号」が着陸したリュムケル山付近は月の表側最大の「嵐の大洋」北部にあり、ここは他国の着陸機が訪れたことがない場所です。これは過去に未解決だった重要な科学的課題を解決するのに役立つでしょうか。

李陽:嫦娥5号の着陸地点は、米国のアポロや旧ソ連のルナが過去にサンプル採集を実施した地点とは相当離れており、また、クレーター年代学〔衝突クレーターの個数から天体表面の年代を見積もる方法〕によれば、当該エリアに露出する月の海の玄武岩は比較的近年のものだということです。


 関係する「重要な科学的課題」を挙げると、まず月の火山活動はどの時期まで続き、どのような要因により同区域での玄武岩の持続的噴出が発生したのか。また、マグマ活動の最終盤で初めてみられるKREEP玄武岩の露出がこの噴出区域ではあったのかどうか。嫦娥5号が持ち帰った土壌とアポロやルナが持ち帰った土壌を比べた場合、経てきた変化のプロセスにどういった具体的違いがあるのか、などがあります。

中国国家博物館で展示される「月のサンプル1号」を眺める来場者。撮影/史春陽

 現在の研究結果によれば、嫦娥5号が着陸した区域の月の海にある玄武岩の地質年齢は約20億年で、過去の研究結果に比べ少なくとも約8億年新しく、世界のこれまでの認識を刷新するものとなりました。加えて、最新研究結果によれば当該エリアにはKREEP玄武岩の露出がなく、玄武岩の放射性元素と水含有量も特に高くないことが明らかとなっています。このため当該区域での玄武岩の持続的噴出の要因について研究中です。

記者:嫦娥5号の月面サンプル研究に対する積極性の高さのわけは。

李陽:まず、月と深宇宙の探査プロジェクトは総合的な国力を特に示すものであり、宇宙大国によるテクノロジー競争の重要ポイントでもあります。嫦娥5号が持ち帰った土壌は44年ぶりのサンプルであると同時に、中国も世界で第3の月面着陸とサンプル採集を実現した国になりました。次に、科学技術従事者にとって月面サンプルの研究業務に身をもって参与できるのは名誉であると同時に責任重大でもあり、自国の月面サンプルを利用して一流の研究成果を得ることは研究レベルを示すうえで絶好の機会でもあります。

記者:中国にはどういった長期的な月探査計画がありますか。また、国際的にみて関連する計画はありますか。

李陽:今後、中国の月探査プロジェクト第4期において嫦娥6・7・8号による3度の月探査プロジェクトが計画されており、有人月着陸プロジェクトについても積極的かつ踏み込んだ考察が進んでいます。米国の計画には月極域探査や月軌道空間ステーショ ン計画があるほか、ロシアにはルナ25・26・27による3度の探査計画を通じて月極域への着陸および業務環境を検証し、今後の月面ステーション建設地区選出の基礎を固める計画があります。このほかイギリス、欧州宇宙機関〔ESA〕、インド、イスラエルなども月探査を計画しています。(翻訳:月刊中国ニュース)

李陽(リー・ヤン)
プロジェクト研究員。中国科学院大学卒、理学博士。専門は天体化学。2013年9月に中国科学院地球化学研究所に入所、現在は月・惑星科学研究センター副主任、地球化学研究所公共技術サービスセンターサブセンター主任。中国の月と小惑星の探査プロジェクトに深く携わる。

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