中国版「鎮守様」の「城隍」信仰、専門家がその歴史と現状を語る

中国には「城隍(チェンホワン、じょうこう)」と呼ばれる神への信仰がある。「城隍」とは、都市や街の安寧を守る神だ。つまり中国版の「鎮守様」と言ってよい。民俗学などを研究する復旦大学の鄭土有教授はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、城隍文化の歴史や現状を説明した。以下は鄭教授の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

中国には「城隍(チェンホワン)」と呼ばれ、日本風に言えば「鎮守様」への信仰がある。復旦大学の鄭土有教授が、「城隍」文化の歴史や現状を説明した。写真は上海城隍廟。

■安全を守る城壁と堀を神格化して発生した城隍信仰

中国の「城」とは、周囲を城壁で囲んで、その内部で人が密集して住む場所のことだ。つまり都市そのものを「城」と呼ぶ。「城隍」の「城」とは城壁のことで「隍」とは城壁の外周に設けられた堀を指す。今から7000-8000年前の新石器時代の遺跡から、人が集まって住む集落の周辺に堀が見つかっている。それらの堀はすぐ内側の塀とセットになっていたと考えらる。人々は、暮らしの安全を守ってくれる「城」と「隍」を神格化して、感謝を示す礼拝をした。これが神としての城隍の起源と考えられる。

守り神ととしての城隍の性格は歴史を通じて一貫していたが、同時にさまざまな考えが発生した。漢代(紀元前202-紀元220年)には、正直な人は死ぬと城隍になると考えられた。唐代(618-907年)には城隍が、「冥界を治める役人」と考えられるようになった。この時代には全国に、城隍を祭る城隍廟が作られるようになった。

明代(1368-1644年)は城隍信仰にとって転換点だった。明朝の開祖である朱元璋(太祖、在位1368-1398年)は、県以上の都市はすべて城隍廟を設けねばならないとする勅令を出した。後になると、県の下部である鎮でも、経済的に余裕がある場合には城隍廟が築かれるようになった。こうして、城隍信仰がさらに確固たるものになった。

中国の都市部では城隍廟が信仰を集めることで地域の中心になった。このことは、都市の急速な形成と繁栄に結びついた。城隍の大きな特徴は、官も民も都市の安全と暮らしの安定を保ちたいと願い、その共通の願いの上に成立した信仰だったことだ。

城隍神とは正確には、神の地位を示す用語だ。県が設けられた際の初代の県知事、地元に大きな功績があった人、地元に縁があって中国全体の功労者になった人、場合によっては正直で善良と評価された人が、城隍神として敬われる対象になった。

城隍神は人々が共同で社会を統治する理念にも関係していた。城隍廟の門には、大きなそろばんが掛けられていた。これは「人算は天算に及ばず」であることを示す。つまり「人が不道徳なはかりごとをしても天はお見通しだ」との教訓を示す。地方官が赴任すれば、まず城隍廟に参拝する。このことは、地方官のその後の行いに対する制約と威圧をもたらす。城隍廟は官に対しても民に対しても、道徳面での堕落を抑制する機能があったと言える

■海外華人の間で盛んな城隍信仰、出身地との「心の絆」に

城隍は中国の宗教文化の中で最も普遍的な土着の民間信仰だ。城隍廟は網の目のように存在している。城隍神には地方色が濃厚である特徴もある。それぞれの地で尊敬された地方長官や英雄が城隍神としてあがめられるようになった。驚いたことに、シンガポールやインドネシア、韓国、ベトナム、ミャンマー、マレーシアにも多くの城隍廟が存在し、城隍信仰は現地の人々の生活に大きな影響をもたらしている。

海外で城隍廟を作るには、例えば「分香」という方法がある。人々は城隍廟で、城隍神に香をたいて祈る。海外に移住した華人は、故郷の城隍廟で香の灰を分けてもらい、自分の現在の居住地に建てた新たな城隍廟で香をたく盆にその灰を用いる。一種の分祀というわけだ。城隍神の像などは新しく作る。

このような方法により、中国国外における城隍信仰は、海外の華人と故国を結び付ける重要な心の絆になった。東南アジア華僑の中には、故郷の城隍廟で重要な祭礼が行われる際には、かなり早くから帰国して盛大な捧げものを用意する人もいる。海外に作られた城隍廟は、その地域に住む華人の精神上の支柱になった。また、祭礼を通じて華人の結びつきがより緊密になった。

海外の華人が城隍を重視した背景には、城隍神は「保護」してくれる存在と考えられたことがある。また、華人が現地で分散して生活している場合、城隍廟は華人の拠点にもなる。また、城隍には包容力があるので、他の民族も城隍信仰に魅力を感じる場合がある。このように、異なる文化の背景を持つグループが相手の信仰を認め合うことは、文化や文明の違いで対立するのではなく、互いに理解して対話をすることにもつながる。

■海外では若い人も城隍信仰を大切にする、中国大陸部では問題点も

現地の華人でも、2世や3世という新たな世代になれば、城隍に対する関心は薄れてしまうのだろうか。そうとは限らない。海外の若い華人は、中国国内の同じ世代の若者よりも、城隍信仰を大切にしている。中国大陸では、迷信打破や現代科学に従う教育方針のために、伝統信仰について世代間の断絶が発生した。海外に出た華人は、伝統を守り次の世代に伝えている。中国国内で城隍神への祭礼が行われる際に海外からやってくる華人の中には、若い人の姿も多く見られる。

中国大陸でも30年ほど前からは、伝統文化の重視と保護が唱えられるようになった。そのため、民間信仰は復興しつつある。しかし、さまざまな信仰が均一化して独自色がなくなってしまったなどの問題がある。この点については、改めて考えて改善すべきだ。(翻訳:Record China)

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