「世界一の人口大国」の肩書喪失、中国は懸念する必要があるのか?~中国社会科学院国家高級シンクタンク首席専門家・蔡昉氏

国連の世界人口推計によると、今年4月、インドが人口で世界トップとなった。一方、中国は人口が減少に転じた。
中国の人口発展は新たな局面に直面している。中国社会科学院国家高級シンクタンク首席専門家の蔡氏は新著『人口マイナス成長時代:中国経済成長の試練とチャンス』の中で、人口の減少について改革のボーナスが生まれてくるチャンスでもあると指摘した。中国は「世界一の人口大国」の肩書を失うことを懸念する必要があるのか。中国はどのように巨大な規模の既存人口から経済成長の原動力を掘り起こし続けるのか。中国新聞社はこれについて蔡氏にインタビューした。

中国通信社:中国が「世界一の人口大国」の肩書を失えば、長期的な経済成長に影響を及ぼす可能性があるとの見方がある。この点を中国は懸念する必要があるのか?

蔡氏:「世界一の人口大国」は今や象徴的な称号にすぎず、決して重要ではない。歴史的に見ても、産業革命前の「マルサスの時代」には、中国とインドが人口数で一二を争っていた。当時の世界はすべての国において生活水準が低く、人口が多いということは総収入が多いことで、同時に人の創意が多いことでもあった。当時のイノベーションは直接の経験から生まれたため、人口が多い国は科学技術の最先端を走り、経済大国になるチャンスがあった。しかし産業革命後は一変した。特に現在の新しい科学技術は従来の資源のカテゴリーを打ち破った。例えば従来の生産要素は土地、労働力、資本、技術が含まれていたが、現在ではデータも一種の生産要素となっている。新しい生産要素は従来の要素よりはるかに再生可能で持続可能である。

従って、経済成長の動向は人口の変化でプラスになったりマイナスになったりする。だが、決して人口動態の変化が経済成長の唯一の決定要素ではない。いかなる国も、人口の転換がどの段階にあっても、与えられた内外の経済環境の中で、適切な経済体制とメカニズムを備え、十分な資源と要素を動かし、有効に配置すれば、人口動態のマイナス影響を相殺し、良好な経済成長を実現することができる。

中国新聞社:2022年の中国の人口はマイナスとなった。中国の経済成長は長期的に人口ボーナスの恩恵を受けてきたが、このボーナスは今後どのように変化していくのか?

蔡氏:インドを含む多くの発展途上国と比べて、中国の高度成長期の経験は、人口構造に関わらず、人口ボーナスを獲得できるか否かは、様々な条件に依拠してきたことを示している。条件というのは、経済面でのインセンティブ政策、労働力全体の教育レベル、配置資源の市場化レベル、対外開放レベル、経済成長の享受レベルなどである。こうした必要な条件が整っていなければ、人口は負担になるだけで、経済成長を加速するボーナスに転化することはない。

人口大国であるインドは、これまで潜在的な人口ボーナスがあったが、大きな制約の一つに労働力の教育年数が低いことがある。インドの労働力の教育年数は、中国だけでなく他の多発展途上国よりも著しく低く、製造業の発展を妨げた。人口ボーナスの角度から言えば、中国が労働力の数量的優位性が弱まった場合、教育への投入力を強化して労働力の質を高め、人材を育成することが重要である。

中国通信社:中国はなお14億人を超える人口を抱えるが、そこからさらなる経済成長の潜在力を掘り起こすためにどのような措置が必要か?

蔡氏:人口ボーナスは十分な労働力供給があることを意味する。同時に、若い世代は上の世代よりも教育水準が高い傾向にあるため、新たな労働力が次々と現れれば、人的資本の急速な成長を促すことができることである。こうした状況下ではどれほどの資本を投入しても、相応の人的資本と労働力がマッチする。また、農業など他の生産性の低い部門から大量の労働力がシフトし、資源の再配分を行うことも可能だ。これらは、潜在的な成長力を高めるのに寄与する。

現在、中国の人口は減少に転じ、労働力資源の優位性は弱まりつつある。しかし依然として存在する大きな潜在力(例えば農業からシフトする巨大な労働力など)を喚起することができる。労働力が十分か否かを議論する際は、主に非農業部門の需要に焦点を当てる。統計によると、先進国の農業部門の労働力の割合は約3%だが、中国は23%に達している。中国の農業部門の労働力の割合を3%に低下させるということは、今後10年から20年の間に農業部門からの労働力がシフトすることを意味する。そのためには、戸籍制度の改革を加速し、出稼ぎ労働者を都市部に定着させるなどの措置が必要だ。

また、将来の経済成長は需要面の制約を受けることになろう。特に個人の消費不足に対応しなければならない。高齢化社会に入ると、高齢者の消費能力、消費意欲が弱くなる。こうした中で消費の不安を解消しなければならない。一方で、政府は出産、育児、教育などの公共サービスの保障を強化すると同時に、雇用政策面でより質の高い訓練を提供し、人的資本の成長を促進する必要がある。雇用が十分に確保され、労働市場の流動性が高まれば、所得と消費能力も上昇する。総じて見れば、供給サイド、需要サイド双方に改革のボーナスが存在し、こうした改革のボーナスは経済成長を促すことになろう。

中国新聞社:世界ではすでに数十の国・地域が人口のマイナス成長を経験している。中国は新たな人口動態がもたらす経済成長への課題に対応するため、経験や教訓を学ぶことができるか?

蔡氏:人口減が経済にもたらす影響は「灰色のサイ」だが、予期せぬ「ブラックスワン」が現れる可能性もある。他国の経験と教訓を取り入れ、人口シフトが経済成長に打撃を与えないようにするには、次の4つに注目する必要がある。

一つ目は日本流の対応である。日本は1990年代半ばに生産年齢人口がマイナスに転じ、潜在成長率が低下し、供給サイドの成長力が著しく低下した。しかし、このとき、日本は生産性を高め、供給サイドの能力を増強するといった対応をせず、政策担当者や経済学者の間では需要サイドのショックが原因だとの見方が広がっていた。このため、投資需要を刺激する大規模な政策が推進され、バブルが発生したが、バブルが崩壊し、「失われた三十年」に陥らざるを得なくなった。

二つ目は、欧米経済の「日本化」である。欧米の先進国全体が高齢化、人口停滞などの問題に直面し、投資意欲の不足、消費の低迷、過剰貯蓄、さらに低金利、低インフレ、低成長をもたらしている。これらの国は景気を刺激するために負債比率を高めるしかなく、最後には「低インフレ・低金利・低成長・高負債」の「3低1高」という長期停滞の構図になってしまった。この現象は日本で始まり、その後欧州、米国でこの傾向が見られた。

三つ目はコロナ禍の分断である。コロナ禍で欧米経済の「日本化」の流れが一時的にストップした。コロナ禍、欧米諸国は緩和的な金融政策を実施し、大規模な財政刺激を加え、国民に大量の補助金を支給することで消費を支えた。しかし、サプライチェーンの寸断による供給不足、ウクライナ危機などによる石油や食糧などの供給・価格ショックが起こり、需要が弱まらないまま供給不足に見舞われた。この結果、数十年ぶりの高インフレを招き、最終的には利上げに転換せざるを得なくなった。

四つ目は「日本化」の変調である。欧米は利上げ後、低インフレ、低金利、低成長、高負債の「3低1高」の長期停滞状態に戻るのか、高インフレ、高金利、低成長、高負債というより悪い組み合わせになるのか定かでない。これらの国の主流のマクロ経済学者の間では、なお激しい議論が展開され、中央銀行の政策の行方も不透明だ。

これらすべての要素は、人口問題という「灰色のサイ」の下、「ブラックスワン」現象を生み出しかねないものだ。しかし、課題への対処にあたり、中国は日本や欧米と違って踏み出した最初の一歩は正しい。つまり、供給サイドの構造改革を実施し、過去10年間、適切に行ってきた。目下、需要サイドの問題が顕在化し、中国は共同富裕の実現などを推進することで、需要サイドの改革のボーナスを積極的に掘り起こしている。経済成長の下押し圧力が強まっている現在、中国の改革力がさらに強化され、より多くの潜在的な改革のボーナスが放出されるとみている。

蔡昉氏プロフィール
中国社会科学院国家高級シンクタンク首席専門家、学部委員、第13期全国人民代表大会常務委員会委員、農業・農村委員会副主任委員、中国人民銀行金融政策委員会委員、中国社会科学院元副院長。長期にわたり中国経済の研究に従事。主な研究分野は中国経済の改革と発展、人口・労働経済学、経済成長、所得分配、貧困削減など。孫冶方経済科学賞、中国出版政府賞、中国経済理論革新賞、張培剛発展経済学優秀成果賞、中国発展百人賞、中華人口賞、中国農村発展研究賞などを受賞。

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