香港のイノベーション科学技術発展における大学の役割~香港科技大学学長・葉玉如氏

1993年、生物学者である葉玉如が米国から香港に戻ってきた時、香港はまだ科学技術において重要な町でとはいえず、香港で研究をしている科学者も多くなかった。地元の大学もまだ国際的に有名とはいいがたかった。30年後、香港のイノベーション科学技術は、当時とは比べ物にならないほどに発展。5つの大学が世界トップ100に入り、科学研究の実力をつけている。また、中央政府と香港政府の強力な支援がある。国の第14次5カ年計画で明確に支援が示されている香港の国際イノベーション科学技術センター構築に対し、葉玉如氏は自信を持っている。


第14期全国人民代表大会代表、香港科技大学学長、粤港澳大湾区院士連盟主席を務める葉玉如氏はこのほど、中国新聞社のインタビューで、米国での遊学の経験を基に、科学技術イノベーションの発展での大学が果たす重要な役割について語った。葉氏は、若い世代のイノベーティブな思考の育成、学生の起業支援、企業との共同研究などいずれにおいても、大学には大きな可能性があると考えている。


中国新聞社:昨年香港の中国返還25周年記念式典で香港を訪問した習近平・国家主席は6月30日、香港科学園(香港サイエンスパーク)を視察し、香港にある中国科学院や中国工程院のアカデミー会員、科学研究者、イノベーション科学技術企業の青年代表らと交流した。先ごろ開催された第1回「大湾区国際科学技術イノベーションサミット」での習・国家主席の演説では、香港の科学技術イノベーションの発展の方向性に言及された。香港のイノベーション科学技術の発展にはどのような優位性があるのか?今後の方向性についてはどのように考えるか?


葉玉如:国は香港のイノベーション科学技術の発展を非常に支援している。昨年、習・国家主席が香港を視察した際、わざわざ香港サイエンスパークを訪れ、国が香港のイノベーション科学技術の発展を支援すると表明した。幸運にも私は習・国家主席に自分の仕事の研究成果を報告でき、高い評価を得ることができた。
国は香港のイノベーション科学技術の発展を非常に重視している。第14次5カ年(2021~25年)計画で香港に与えられた位置づけの一つは国際イノベーション科学技術センターになることだ。香港政府もリソースを投じ、資金の提供、香港の各大学を支援する新政策の発表など、香港のイノベーション科学技術の発展を支援している。国、香港政府の支援があれば、香港は国際的なイノベーション科学技術センターになれるであろう。
香港にはイノベーション科学技術分野において厚い基盤がある。特に人材育成の面で独自の優位性があり、国際ランキングで100位に入っている大学が5校ある。加えて香港は国際化が進んでおり、国際的な人材を呼び込むのに有利だ。そのため、香港が国際イノベーション科学技術センターになれると、個人的には自信を持っていえる。


中国新聞社:第14次5カ年計画で、香港が国際イノベーション科学技術センターになることを明確に支援するとしているが、そのために香港はどのような面で力を入れるべきか?香港科技大学は学術トップの大学として、香港の科学技術の発展にどのように協力しているのか?


葉玉如:2022年12月に香港政府が公布した『香港イノベーション・科学技術発展計画』の中で、香港の科学技術イノベーションの発展の4大方向を明確にした。4大方向とは、(1)イノベーション科学技術のエコシステムを整備し、香港の「新型工業化」を推進する、(2)イノベーション科学技術人材バンクを拡大し、発展の原動力を強化する、(3)デジタル経済の発展を推進し、スマート香港を建設する、(4)国の発展の大局に積極的に融合し、中国本土と世界をつなぐ架け橋を構築するーーという内容。これには大いに賛同している。
香港は大湾区の発展のチャンスを掴み、国の発展の大局により融合する必要がある。大湾区の本土側都市は産業チェーンが整備されており、香港と本土側都市との協力深化は、香港が国の発展の大局に融合する一つの切り口となる。
イノベーション科学技術の発展にあたり、重要な要素の一つは人材だ。優秀な人材を香港に呼び込み、良好な就業環境、就業機会、関連施設を提供し、外部の人材が香港にとどまりたいと思うようにしなければならない。同時に、地元の人材を引き留めることも非常に重要な課題である。


大学も重要な要素の一つだ。米国のボストンやシリコンバレーの成功など、大学がけん引してイノベーション科学技術を推進している例は国際的に少なくない。大学がイノベーション科学技術の発展を推進することは、香港が国際イノベーション科学センターになるのに必須となる。香港は、大学のイノベーション科学園の設立を支援するなど、できることは多い。
香港科技大学を例にとると、本学はスマート香港の建設に多く携わっている。スマートシティ研究センターの設立のほか、様々な研究プロジェクトを実施。そのうちのいくつかは香港政府と共同で行っている。また、キャンパスを持続可能な発展の研究対象とし、スマート香港の建設に貢献している。
香港科技大学と広州大学が共同で運営する香港科技大学(広州)が、2022年9月に広州市南沙区に正式に開校した。香港と本土との連携を通じて、香港科技大学は大湾区のイノベーション科学技術の発展などの面で大きな役割を担うことができる。

総じて、香港のイノベーション科学技術の発展、国際イノベーション科学技術センター設立のうえで、大学は重要な役割を果たすことができる。


中国新聞社:海外と香港の大学は、国や地域の発展推進の上での役割が違うのか?今後、香港の大学はこの分野で改善の余地があるのか?
葉玉如:大学はイノベーション科学推進の上で重要な役割を果たす。これは、香港も海外も同じだ。大学はイノベーティブな雰囲気でなければならず、学生、卒業生がイノベーション、創業を行いやすい環境を整える必要がある。


創立以来、香港科技大学は一貫して学生のイノベーションを奨励してきた。本学の学生が在学中や卒業後に起業して成功した事例は少なくない。統計によると、1600社を超えるスタートアップが本学の学生、卒業生、教職員によって設立され、本学でもユニコーン企業9社、上場企業8社を育成してきた。これらの成果は、香港科技大学のイノベーション奨励の考え方と大きく関連している。

また、香港科技大学の卒業生が大湾区本土側都市で会社を立ち上げ、成功を収めているケースも多い。有名なDJIや雲洲智能などは本学の学生が設立した企業だ。香港科技大学の近くにはイノベーション科学園があり、その中には、本学学生のスタートアップ企業や本学と他の企業が連携する共同実験室がある。これらは、イノベーション科学技術の発展に資するものだ。
企業との連携にも、香港科技大学は支援に力を入れている。企業と本学が共同実験室を設立している。教師側はこれを活用して企業のニーズを把握できる。一方、企業側は、どの研究分野が大学の支援を得ることができるのか理解できる。ともにプロジェクトを完成して、難題を解决している。同時に、学生も研究プロジェクトに参加する機会が増え、卒業時に自分のキャリアアップの道の選択に役立っている。香港でのイノベーション科学技術の発展において、私個人は大学と企業の協力を非常に支援しており、これは重要な方向性である。


中国新聞社:米国留学を経験し、香港で教鞭を執った経験があり、国際的な学術背景を持っているが、学術界と産業界の雰囲気について、中国と西洋ではどのような違いがあるか?香港はどのように東西を結び付けるという強みを利用して、国際創科センターを構築すべきか?


葉玉如:香港の優位性の一つは国際化が進んでいること。1993年に私が香港科技大学に来た時、香港は国際的な科学研究ができる環境でなく、香港で研究をしている科学者も少なかった。香港科技大学は最初の研究型大学で、香港の科学研究の推進に大きな役割を果たした。多くの優秀な科学者が香港に来て、協力して徐々に香港の研究のエコシステムをつくり上げていった。現在、香港は国際都市となり、香港の多くの大学が世界ランキングで上位にランクインしている。
国際化の優位性は、香港が様々な分野で「海外からの誘致」と「海外への進出」のプラットフォームという役割を担っていることにもつながっている。香港と海外がつながり、香港という国際的なプラットフォームを借りて、国際フォーラム・会議をアレンジし、世界の異なる地域、異なる分野の優秀な科学者を集めて交流させることも、イノベーション科学技術の推進に重要な役割を果たしている。


中国新聞社:香港科技大学学長のほか、粤港澳大湾区院士連盟主席も務めているが、香港のイノベーション科学技術の発展の過程において、院士連盟はどのような役割を果たしているのか?


葉玉如:粤港澳大湾区院士連盟は2021年4月に発足した。科学者の力を借り、香港と本土のイノベーション科学技術分野の協力を推進することで、香港のイノベーション科学技術分野の取り組みを支援したいと考えている。


院士連盟は過去2年間、様々なイベントを開催し、香港の異なる研究機関や大学、政府機関と交流し、アイデアを共有してきた。例えば2021年に開催された中央恵港科学技術政策宣介座談会では、香港のイノベーション科学技術の発展を支援に関する国の新政策が紹介され、香港にいる科学者は国の新政策による科学研究支援の理解を深めた。また昨年、第1回大湾区国際科学技術イノベーションサミットを開催し、専門家を集めて香港がどのようにイノベーション科学技術を発展させるのか、本土の科学者とどのように協力するかなどのテーマで議論した。
現在、院士連盟も政策に関する研究を行い、香港政府に参考となるアドバイスを提供し、シンクタンクの役割も担っている。院士(アカデミー会員)として、私たちは院士連盟というプラットフォームを通じて、香港、国家の発展に貢献したいと考えている。


中国新聞社:香港のイノベーション科学技術の国の発展の大局への融合は近年、本土側のチャンスに依存しているだけでなく、宇宙などの分野で国の科学技術イノベーションの発展に寄与している。例えば、香港で初めて国の宇宙飛行士選抜が行われたこと、香港理工大学が研究開発した宇宙設備が、月面サンプル採取・帰還任務に貢献していること、などがある。このほかに香港は今後どのようなイノベーション科学技術分野の強みで、国のニーズに貢献できるだろうか?


葉玉如:バイオテクノロジー分野での貢献が期待される。香港にはバイオテクノロジー分野で優秀な科学者がいる。また香港はバイオテクノロジー企業の資金調達先として世界第2位である。
現在、香港政府は香港の研究開発プラットフォームを刷新する計画を打ち出し2分野の研究を大きく支援している。一つ目は医療科学技術。これはバイオ科学技術と大きな関係がある。二つ目は人工知能(AI)である。この2分野が香港の発展の強みになると考えられる。


葉玉如氏プロフィール:
香港科技大学学長。中国科学院アカデミー会員、香港科学院創院アカデミー会員、粤港澳大湾区院士連盟主席、第14期全国人民代表大会代表なども努める。研究分野は主に神経系の発育・機能、アルツハイマー症、パーキンソン症などの神経変性疾患の薬物研究開発。神経細胞の生存・発育を促進・維持する神経栄養因子の研究において、優秀な成果を収めている。脳部の発育とシナプス可塑性の分子メカニズム、関連する神経系機能不全などの分野でも大きく貢献。

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