許言 カンボジア・アンコール遺跡における中国の専門家の保存修復活動について
中国文化遺産研究院許言副院長独占インタビュー
中新社記者 欧陽開宇記者
1990年代、カンボジアのアンコール遺跡は、世界遺産委員会の「危機にさらされている世界遺産(危機遺産)」リストに登録された。その後、カンボジアとユネスコ(国連教育科学文化機関)がアンコール遺跡の保存に向けた国際的な取り組みを開始した。以来、悠久の歴史を持つ神秘的な地で、中国の文化財保護の専門家たちが、中国とカンボジアとの文明の交流に関するアンコールの物語を紡いでおり、中国文化遺産研究院の許言副院長もその一人である。
許言副院長は、20年以上にわたりカンボジアのアンコール遺跡、ネパールのバサンタブル・バワン、ウズベキスタンの古代都市ヒバ等、海外の世界遺産の修復に数多く携わってきた。その中でも、カンボジアのアンコール遺跡の修復は印象深かったという。先ごろ、許言副院長は「東西問」の独占インタビューに応じ、海外における遺跡の修復について語ってくれた。
インタビューの概要は以下のとおり
中新社記者:中国の国としての文化財保存修復チームの海外派遣は、アンコール遺跡から始まったといわれていますが、当時の状況をお聞かせください。
許言:中国の文化財保護活動の発展に伴い、中国はかつての文化遺産に係る国際協力の受益者から、世界文化遺産の保存修復協力への積極的な貢献者へと徐々に変わっていきました。改革開放以降、中国はカンボジア、ウズベキスタン、ネパール、ミャンマー、キルギス等の国で、歴史的遺跡保存修復ための11の共同プロジェクトを実施した。中国の対外援助プログラムは、単発のプロジェクトから、次第に人々の交流を促進し、文明の相互理解に有益で小さいながらも特色ある基礎プロジェクトになっていきました。
1992年、アンコール遺跡はユネスコ世界遺産委員会により危機遺産として「世界遺産リスト」に登録されました。翌年、カンボジア政府とユネスコはアンコール遺跡の保存に向けた国際的な取り組みを開始しました。この取り組みは、20カ国以上の継続的な参加により、各国の文化財保護に従事する人々の交流のプラットフォームになりました。このような背景のもと、中国は専門家チームを派遣し、アンコール遺跡の調査研究および選定を行い、アンコール遺跡の保存修復へと歩み出したのでした。
中新社記者:アンコール遺跡の保存修復は国際的なプロジェクトですが、中国の文化財修復チームはプロジェクト全体の中でどのような役割を果たしていますか。
許言:中国は、アンコール遺跡保存のための国際的な取り組みにいち早く参加した国の一つです。中国国家文物(文化財)局の委託を受けて、1998年に中国文化遺産研究院が「カンボジアアンコール遺跡保存作業チーム」を正式に立ち上げ、チャウ・サイ・テヴォーダ寺院で10年間におよぶ保存修復作業がスタートしました。2010年から2018年まで、中国チームはアンコール遺跡の保存修復を継続し、8年間にわたるタ・ケウ寺院の保存修復プロジェクトを完了させました。
2019年、カンボジア政府は、世界遺産の中心資産である王宮跡のアンコール遺跡保存修復を第3期修復プロジェクトとして中国に委託しました。王宮跡の保存修復プロジェクトの工期は11年間です。プロジェクトには、遺跡建造物の修復、考古学研究、石彫の保存、研究室の建設、展示センターの建設、環境整備と遺跡展示などが含まれています。当初は遺跡建造物の修復のみでしたが、徐々に遺産の保存と展示利用を調和させた持続可能な発展の道へと舵をきりました。
さらに重要なことは、中国とインドとともにユネスコ(カンボジア)のプレアビヒア寺院の保存に関する国際調整委員会の議長国として、プレアビヒア寺院の保存のための組織に関わっていることです。中国は、カンボジアの遺跡保存において参加国から指導国へと変化したのです。
中新社記者:国内と比較して、海外の文化財修復で問題に遭遇した場合、どのような困難を克服しなければなりませんか。
許言:文化財修復の目的については、海外、国内ともに、文化的遺産の真実性、完全性および卓越した普遍的価値を維持し、より長持ちさせることです。
文化財には独自性があり、それぞれの文化財保全プロジェクトは唯一無二の総合的な研究プロジェクトです。海外の文化財の文化的土壌は異なるため、遺産建造物自体の歴史、宗教的象徴性、装飾要素の文化的意味合いなどを深く研究し、敬意をもってコミュニケーションするという態度で仕事に取り組む必要があります。これらは文化財の物質的な媒体に付随するものであり、建造物の「魂」を回復する要となるものです。
海外で文化財を修復する際の最大の難関は、文化財を効果的に修復することを確実に保証するという前提で、「文化財の最大限の本物らしさ、完成度を維持する」という理念を貫くということです。一方で、修復プロジェクトを通じて、現地の伝統的な工芸技術を継承していきたいと考えています。それにはその工芸手法を学び研究し、職人を探し出す必要があります。例えば、ネパールのバサンタブル・バワン保存修復プロジェクトでは、宮殿の彫刻に携わっていた木彫職人の一族の職人を雇用し、伝統工芸の職人に、現地の伝統工芸と融合できるような保存の考え方と方法を理解してもらうトレーニングを実施しました。同時に、文化遺産の復元力を引き出し、各国の経済、環境および社会の持続可能な発展において文化的遺産保存プロジェクトの役割を高めるような形で、海外での文化財保存のための援助活動を行いたいと考えております。トレーニングを通じて、関連する知識や経験を共有することで、現地の職人の就業するための能力を高め、より多くの就業機会を創出したいと考えています。
中新社記者:海外での「文化財修復」の取り組みにおいて、修復の理念や文明の提示などの点で、中国と海外チームとの間でどのような交流があったのでしょうか。
許言:「アンコール遺跡保存に向けた国際的な取り組み」の参加者として、毎年、中国チームはアンコール遺跡救済国際調整委員会(ICCA)技術会議で、作業の最新の進捗状況、適用した技術や理念を発表し、現地で特別専門家チームと技術交流も行っています。時には理念における考え方の違いも生じます。例えば、中国チームは遺跡の歴史的情報を最大限に保存するために「最小限の介入」「可逆性」の原則を常に守り、この理念をカンボジアのタ・ケウ寺院のペディメント(破風)修復にも適用しています。ペディメントは寺院の正面扉の上部にある石のパーツで、通常、いくつかの石をつなぎ合わせて細かい文様を彫り込んだものです。アンコールの寺院建築のペディメント修復では、多くの場合、アンカーロッドでパーツをつなぎ合わせる方法で行われてきました。シェリムアップ特有の豪雨と日照りが交互にやってくる熱帯モンスーン気候ではアンカーロッドの膨張と劣化が加速すると考え、中国チームは、石にダメージを与えずにペディメントを補修するためにタイロットを採用することにしました。これは一種の可逆的防護措置であり、ペディメントの安全を確保しつつ、将来的にはより高度な技術を適用する余地を残すというものです。
一方では、保存修復プロジェクトがさらに現地の持続可能な発展に寄与することを期待しています。例えば、王宮遺跡の保存修復プロジェクトでは、遺跡建造物の保存修復だけでなく、研究施設や展示センターを建設します。被援助国であるカンボジアが王宮遺跡の保存、観光的ニーズ、社会発展の間でバランスを取ることを支援しています。プロジェクトを実施する目的は、人々に恩恵をもたらすこと、文化的遺産が現地の人々の幸福感を高めること、人々の交流を促進することです。
中新社記者:遺跡建造物の修復でよく言われる「スケール感の把握」をどうとらえていますか。
許言:修復を実施する上で、修復の規模を把握することが重要であり、スタッフの遺跡保存に関する豊富な実務経験が必要とされます。プロジェクト全体を通して、「スケール感の把握」が最も重要であり、最も達成するのが容易でないと言えます。私たちは遺跡建造物から得られる歴史的情報をもとに、できるだけ多くの古い部材を使い、新しい部材での補修は減らしますが、建造物の危険性や安全上に隠れた危険性を排除しないわけにはいけません。遺跡保存の専門家にとって、最適なスケール感を把握する必要があります。遺跡の保存修復は一つ一つ検討すべきことであり、保全措置が適切であるかが重要です。例えば、タ・ケウ寺院は、10世紀末から11世紀初頭に建てられた未完成の建物です。寺院の主要部分は完成していますが、正面外観の石彫装飾はまだ半分しか終わっておらず、未完成の建造物の痕跡が残されており、非常に壊れやすく貴重です。安全上のリスクを解決して遺跡の安全性を確保しながら修復することはもちろん、これらの歴史的情報を最大限に保存、継承していかなければなりません。(完)
許言副院長略歴
中国文化遺産研究院副院長兼研究員、30年以上にわたり文化財建造物の修復に携わる。中国の援助によるカンボジアアンコール遺跡タ・ケウ寺院修復プロジェクト、ネパール・カトマンズのダルバール広場のバサンタブル・バワン修復プロジェクト、ウズベキスタン・ホラズム州の歴史的文化遺産の修復プロジェクトにおいてプロジェクトリーダーを務め、海外の多くの世界文化遺産の保存修復に携わる。2018年にはカンボジア王国政府よりカンボジア王国友好勲章騎士章を授与された。中国国内では、福建省泉州市の洛陽橋、天后宮、福建省莆田市の三清殿、福建省市漳州市の文廟、石碑坊、江東橋、漳州市華安県の二宜楼、泉州市の施琅将軍墓、福建省徳化県の屈斗宮徳化窯遺跡、チベット自治区ラサのポタラ宮、青海省西寧市の南禅寺、内モンゴル自治区赤峰市の遼中京塔、河南省洛陽市の竜門石窟保護庇の設置、新疆ウイグル自治区のキジル千仏洞保存等全国各地で重要文化財の保存修復に携わる。四川省汶川地震被災文化財レスキュー、山西省晋東南地区早期古代建築修復、革命の史跡を巡るレッドツーリズム(紅色旅遊)等の大型文化財保存修復プロジェクトの立ち上げと実施に関わる。
【編集 劉歓】