中国民族音楽の神髄とは何か、何を目指すのか―一流演奏家でもある中央民族楽団長が説明

中国の民族音楽にはどのような特徴があるのか。そして現在は何を目指しているのか。琵琶演奏家としても大きな実績を持ち、現在は中央民族楽団の団長を務める趙聡さんが、さまざまな状況を教えてくれた。

 中国で自国の民族楽器を使った音楽は「民楽」あるいは「国楽」と呼ばれる。中国の「民学」には近代以来、「進化」を強く意識してきた特徴がある。演奏法や楽器の改良は中華民国時代に着手されたが、中華人民共和国になってからは改良がさらに加速した。改良の結果、例えば従来の絹弦は用いられなくなり、スチール弦やスチール芯のナイロン弦が使われるようになった。絹弦とは異なる音色だが、明るく輝かしい音色が得られ、技法の可能性も向上した。どちらかと言えば「伝統維持」を好む日本人とは違い、中国人はそれを「よし」とした。

 「民楽」の代表的団体として中央民族楽団がある。中央民族楽団は特に、さまざまな面から「民楽」の可能性を追求する団体だ。現在の団長は、琵琶演奏家としても大きな実績がある趙聡さんだ。趙団長はこのほど中国メディアの中国新聞社の取材を受け、中国の「民楽」の状況を解説した。以下は趙団長の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

 ■琵琶、そして中国楽器の表現は「水墨画」と同じ

 私が演奏する琵琶は、民楽の中でも特に重要な楽器だ。60種以上の演奏技法があり、表現力が極めて豊かだ。琵琶は唐代(618-907年)に日本にも伝わった。日本では当時のばちを使う演奏法を今も用いているが、中国の琵琶は爪弾きになった。そのために、例えばトレモロと呼ばれる細かい音を長く連続して鳴らす演奏が可能になり、表現力が増強された。琵琶に限らず中国の民族楽器には、古くからの継承を特に重視する古琴などの一部を除き、演奏の新しい可能性を常に追求してきた特徴がある。

 琵琶曲には文曲と武曲の二大分類がある。文曲の代表曲の一つが「春江花月夜」だ。元は「夕陽簫鼓」という名の琵琶の独奏曲だったが、中華民国期に合奏用に編曲され、改めて「春江花月夜」という名がつけられた。現在では琵琶独奏でも「春江花月夜」と呼ばれることが珍しくない。この曲を聴けば、小舟が揺れる様子や春風が吹き渡る様子、水面のさざなみ、さらには水や花の香りを感じていただけると思う。

 武曲の代表には「十面埋伏」がある。「十面埋伏」とは、漢の劉邦が楚の項羽の最後の決戦で漢側が採用した作戦の名だ。比類ない武人だった項羽だが、漢側が何重にも仕掛けた伏兵によって、最後には滅びた。この曲では激しい戦いの様子、例えば刃と刃がぶつかりあい火花を散らす様子までが描写されている。

 中国の民族楽器には、外来の楽器も多い。琵琶もペルシャで誕生した楽器が中国に伝わったものだ。しかし琵琶の音楽表現は次第に、中国的なものになっていった。つまり、中国の風土や自然に根差し、中国人の心情を余すことなく表現する楽器になった。

 中国の民族楽器は余韻を重視する。琵琶の場合もそうだ。一つの楽器が出せる音には制約がある。しかし余韻を巧みに利用することで表現の範囲は格段に広がる。墨の濃淡しか使えない水墨画が白い紙の余白を使って、見る人を無限の世界にいざなうのと同じだ。

 ■異文化芸術の理解は「中華料理」と同様の道をたどる

 私は海外で演奏したことも多い。最初は純粋な伝統琵琶曲を紹介したいと思っていたが、各国の音楽家との交流を重ねたことで、考えが変化した。世界の「音楽の勢力図」では、伝統曲のシェアは全て合計しても15%以下という。だったら、ポップスなどに慣れた聴衆が多いことも意識すべきと思ったのだ。

 中国の民族音楽は相対的に言って和声、つまり音の重ね合わせは少ない。一方で、メロディーは極めて豊富だ。西洋音楽の場合には、分析すれば細かい旋律の断片をつなぎ合わせることで成立している曲も珍しくない。中国音楽の場合には、旋律が嫋々(じょうじょう)と続く曲が多い。私は、西洋の和声やリズムを土台にした上で、東洋的な味わいを持つ旋律を用いれば、外国人に受け入れやすい音楽を創出できる可能性があると考えた。

 料理の世界を例にすれば分かりやすいかもしれない。世界各地で受け入れられた中華料理は当初、その土地に住む人の舌が受け入れやすい「現地化」された味だった。しかしそういう料理を好むようになれば、やがて本式の中国料理に好奇心を持ち、実際に食べてみて大好きになる人も出て来るだろう。異文化芸術を理解するには多くの場合、そこに至るまでの道のりが必要になる。

 中華人民共和国成立以来の民楽の特徴としては、数多くの創作曲がつくられたこともある。何十年も演奏されつづけて「古典」の地位を確立した曲もある。創作活動は現在も盛んに行われている。私自身も、たとえば「シルクロードの飛天」という曲をつくった。この曲は、さまざまな音を響き合わせることで“色彩感”を表出する、西洋音楽の「シンフォニック」という概念を全面的に取り入れた。そこに琵琶の音色が入っていくわけだ。旧知の音と知らなかった音の両方が聞こえることがもたらす感動を意識した。

 私は伝統曲を演奏する時には、自分が爪弾く弦と古人の対話を感じる。とても不思議な感覚がする。そして伝統曲を演奏する時には、大きな誇りを感じる。自作を演奏するときの気持ちはもっとストレートだ。自分自身から生まれた、今しかできない表現をしていると実感する。

 ■若者を引きつける火花を散らすような音楽活動を期待

 中央音楽楽団の団長に就任してからは、この楽団の革新を重んじる伝統をより強く意識するようになった。演奏団体として最も重要な場がステージの上であることは変わらないが、インターネットが発達した現代では、動画配信を利用して人々に伝えることも、非常に重要だ。

 私たちは2019年に、ショート動画プラットフォームと協力して双方向型の「素晴らしき国楽」という試みを始めた。参加者は瞬く間に1億人を突破した。私たちの演奏を鑑賞する人もいれば、自分の演奏を撮影して発表する人もいる。

 中央民族楽団はまた、12人の若手女性演奏者のグループを編成した。このグループはドイツのバンドとの共演もした。中国側は中国音楽を、ドイツ側はジャズを用いての演奏だった。両者の衝突と融合は極めて鮮烈だった。

 もちろん、新たな音楽を目指す歩みの何もかもが万全であるわけではない。私は演奏面よりも創作面に課題が多いと思う。私たちは西洋流の楽曲技術を多く学んだ。その表現方法を利用して中国人としての音楽を書いてきた。先駆者としての役割りを果たした曲も多いが、中国の民族楽器との相性は必ずしもよくなかった。

 しかし最近では、西洋音楽の技法をしっかりと身に付けた多くの作曲家が、中国本来の文化的根源を重視する創作活動を心がけるようになった。私の専門の琵琶についても、「琵琶特有の音楽言語」を用いて作られた楽曲が増えてきた。

 中央民族楽団としては、中国内外の聴衆がより深いレベルで中国音楽を理解し、東洋文化の魅力を感じていただきたい。大切なことは、若返りと国際化だ。先ほどご紹介した女性グループ以外に、男性グループも結成した。メンバーは1990年以降に生まれた若手演奏者だ。香港のヒット映画の音楽を多く手掛けた胡偉立さんとも協力関係にあり、若者を引きつける火花を散らすような音楽活動を展開していきたいと考えている。

 若い演奏者は、東洋的な気質を継承していると同時に、オープンな性格を持っている。しかも、自信にあふれており、まさに現代的な特徴を持ちあわせている。彼らは中国内外の聴衆に大いに愛されると信じている。(構成 / 如月隼人)

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