東西問|張茂澤教授 中国人のルーツを尋ねる文化を世界に向けて発信する理由

中新社記者 阿琳娜

 『史記』には、「黄帝崩ず、橋山に葬る」と記されている。陝西省黄陵県の橋山山頂にある黄帝陵は悠久の歴史と文明の深い蓄積を持ち、1961年に中国国務院が発表した第1期重要文化財の一つである。「中国古墳葬第1号」「天下第1陵」と呼ばれている。黄帝陵の祭祀は中国国家級無形文化遺産に登録されており、黄帝県は「中国黄帝の祭祀文化の郷」と命名されている。

 黄帝文化はどのように形成されたのか。ルーツを尋ねる文化は中華民族の発展にどのような意義があるのか。なぜ中国人のルーツを尋ねる文化を世界に向けて発信するのか。陝西省の西北大学思想文化研究所の教授である張茂澤氏がこのほど、中新社「東西問」の独占インタビューに応じ、このことについて語ってくれた。

 インタビューの概要は以下のとおり

 中新社記者:中華民族はなぜ炎黄(炎帝と黄帝)の子孫と呼ばれているのですか。黄帝文化は中華民族の発展にどのような影響を与えましたか。

 張茂澤:黄帝文化は主に黄帝およびその子孫を核として、黄帝陵を媒体とした中国の伝統文化を指します。主な内容は、黄帝が中華民族の始祖であり、中華文明の人文的な始まりであるということで、中国の子どもたちの手本になっています。

 司馬遷は『五帝本紀・黄帝紀』を正史形式で書き、黄帝を顓頊、帝嚳、尭、舜の四帝および夏、商、周の三代、秦、漢代のほとんどの人々の祖先であると記述しました。それにより黄帝の中華民族の祖先、中華文明の始祖の地位および黄帝文化の根源と主流としての地位を確立しました。司馬遷の『史記』によると、炎帝と黄帝は同じ部族に生まれました。中華民族の圧倒的多数は、炎帝と黄帝の子孫とされています。

甲午(2014)年清明公祭轩辕黄帝典礼上,来自海内外万余名炎黄子孙齐聚桥山,祭拜 “人文初祖”轩辕黄帝。<a target='_blank' rel=
2014(甲午)年清明節の黄帝祭祀の儀式に中国内外から参列した1万人以上の子孫たち=中新社提供 張遠記者撮影

 黄帝文化の誕生後、それはさらに発展し、中華民族共同体の心理的象徴となりました。これは中華民族の共同体意識が古代において凝縮して現れているということです。新時代において、黄帝文化は中華民族の偉大な復興を実現する強力な精神的なパワー、中華民族の団結と闘争のための精神的な絆となりました。

 中新社記者:なぜ黄帝陵は中華文明の精神的象徴になったのでしょうか。

 張茂澤:黄帝陵が中華文明の精神的な象徴になっていることは、次の三つの側面から理解することができます。

 一つ目は、黄帝は中華民族の祖先であり、中国の子どもたちの体には黄帝のDNAが受け継がれています。したがって、黄帝陵は中国内外の子どもたちがルーツをたどる場所であり、中国内外の中華民族にとっては共通の祖先の墓なのです。

 二つ目は、黄帝は中華文明の人文的な始祖で、農業、井戸、陶器、弓矢、礼楽、医薬、音楽などを発明し、中国の人々を野蛮の時代から文明の時代へと導きました。そして、炎、黄、蚩尤の三つの部族を率いて天下の統一を果たし、当時の諸侯たちや後世の人々から天子として崇められました。

 三つ目は、黄帝陵の祭祀を基幹として、数千年にわたって受け継がれ発展し、黄帝は中国が団結し子孫たちが団結奮闘する輝かしい旗印となりました。例えば、唐代に安史の乱が勃発し、国が分裂の危機にひんしました。唐の代宗李豫が郭子儀らの軍官を率いて乱を鎮めたことにより唐の統一は守られました。大暦5年(770年)、鄜坊の節度使は「坊州にある黄帝陵に廟を建て、四季折々に祭礼ができるよう典籍に記載してもらいたい」と上奏しました。代宗の許しを得て、黄帝陵の廟で公式の祭礼が行われました。

2013(癸巳)年に清明節に陝西省黄帝陵で厳かに行われた祭礼儀式=中新社提供 張遠記者撮影

 中新社記者:どうして黄帝陵が中国内外の中国人を結びつける精神的な絆といわれるのでしょうか。

 張茂澤:黄帝陵は中華文化のランドマークで、その中に黄帝文化が内包されています。それは、中国人の団結と奮闘を結びつける重要な絆であり、血縁の絆であり、文化および政治的な絆でもあります。

庚子(2020)年清明视频公祭轩辕黄帝典礼在陕西黄陵举行,参祭人员向轩辕黄帝像鞠躬。<a target='_blank' rel=
2020(庚子)年清明節に陝西省黄帝陵で行われた祭礼で黄帝像に拝礼する参列者=中新社提供 張遠記者撮影

 民族的には、世界中の中国人は同じ言語で同じ人種であり、黒い髪、黒い瞳、黄色い肌という共通の生物学的遺伝子による同じ血筋のきずなで結ばれています。

 文化的には、黄帝文化は歴史上の先進文化を代表するものです。黄帝文化は中国を代表する文化であり、常に他民族の文化の模範となり共に発展してきました。そのユニークな長所は、「和して同ぜず」という協調するが主体性を失わないことを提唱し、共に発展したことです。これが5000年以上にわたり中国文化が発展してきた大きな精神的なパワーとなっています。

 政治的には、黄帝文化は古代中国民族の共同体意識の凝縮された表現であり、漢、魏、晋、南北朝、隋、唐の時代に国の統一を守るための重要な要素でした。黄帝文化は、国の統一を維持するための強力な力でありました。

 中新社記者:黄帝を祀る陵墓の歴史的な変遷とその意義はどのようなものでしょうか。 

 張茂澤:黄帝の祭祀は今から5000年以上前に、黄帝の臣下の左徹が「木を削って黄帝の木像を作り、諸侯と共に参拝した」(『竹書紀年』)ことに端を発しました。現在の黄帝陵一帯の黄帝祭祀は前漢の時代に始まりました。『史記・五帝本紀』には「黄帝崩ず、橋山に葬る」と記されています。『史記・孝武本紀』には紀元前110年漢の武帝は10万人余りの大軍を率いて、北方巡遊の帰途に「黄帝の陵墓を橋山に祀った」とあります。

位于陕西省延安市黄陵县城北桥山的黄帝陵。<a target='_blank' rel=
陝西省延安市黄陵県城北橋山にある黄帝陵=中新社提供 張遠記者撮影

 現在黄帝陵を参拝することには、少なくとも感謝と仁愛の2つの意義があります。

 黄帝陵は中華民族の聖地であり、中華民族に関わる心の故郷です。農業を基盤とする古代中国では、家父長制的血縁が社会関係の中で大きな比重を占め、財産の私有という法的権利の概念が明確ではありませんでした。中国人は仁愛の根源である親孝行を重視します。黄帝陵を祀ることは中華民族の親孝行と仁愛の心を凝縮したものです。親孝行と年長者への敬意は血縁により生まれた自然な肉親の情であり、それを少しずつ育てることにより、国家やすべての人や物への仁愛の情となるのです。

 個人のレベルでは、親孝行や年長者を敬うことは仁愛の基本であり、人間として大人になるためには人間性の修養や文明的な修養は必要であり、親孝行と祖先を敬う文明的な訓練は欠かせません。親孝行と祖先を敬うことは愛情を芽生えさせ、維持し、昇華させるための重要なプラットフォームです。

 家と国が一体であった古代は、国の統治者が適格な統治者になるために「君主」の修養を行わなければなりませんでした。「君主」は幼いころから親孝行と年配者への敬意の教育が行われ、『大学』が提示する身体、家、国家の血脈が一体であるという道理を認め、親孝行と忠君の道理が同じであることを信じることが求められます。それは家庭内で年配者を敬えば国中が賢者を尊ぶようになり、家庭内で信義を重んじれば社会は友好的になり、家庭内で子どもを慈しめば国民を愛し大切にすることが容易になるということです。すなわち、「吾が老を老として以て人の老に及ぼし、吾が幼を幼として以て人の幼に及ぼす」ということです。国を治め、天下を安定させるためには、仁愛の心を持つことであり、それが家庭で養われたのち、広まっていくことが肝要です。

 中新社記者:なぜ中国人のルーツを尋ねる文化を世界に向けて発信するのでしょうか。

 張茂澤:1990年代に世界中の中国系の人々がルーツを尋ねて祖先を祀るという「皇帝陵へ帰る」が開始され、黄帝陵を参拝するために訪れた香港、マカオ、台湾の同胞と海外の華人華僑はのべ100万人を超えました。

 ルーツを尋ねる文化は根源的な文化であるだけでなく、歴史的、文化的な意識も含まれます。中華文明史の観点から、黄帝文化に代表される中華文明は欧米文化とは異なる独特なモデルを提示しています。その主な特色は次のとおりです。

 第一に、天人合一し、人を大切にすることです。天を尊び、人を軽んじるのではなく、神の尊び教えを信じ、物質拝金主義を尊ばず、人類中心主義もせず、天功を貪って自分の力にするのではなく、自然と社会が有機的に統一され、人民を中心に生存し発展することです。

 第二に、中庸の道の思考は、歴史的意識として定着しています。真実を言動の基準として、両端をとらえて適正な点を見出し、適当なところで止めます。一面的で、静止し、孤立した問題分析に反対します。底なしでルールのない極端な思想やテロリズムに反対します。

 第三に、人文的で理性的な信念です。古典の原則を固く信じるとともに理性的認識と実践的基礎に基づいて、その具体的な文言を理解して、信念が誠実で節操がかたくて、信仰が穏やかで理性的であること、独断とうぬぼれが強くないことです。

 中華文明の精髄によって、中華文明は人類の平和的発展に豊かな歴史的な啓発と強力な現実的な助力を提供することができるのです。

(完)

張茂澤教授略歴

中国陝西省西北大学中国思想文化研究所教授、博士課程指導教官。中国共産党中央委員会宣伝部、同中央委員会政法委員会および教育部の専門家アドバイザー、国家教材委員会専門家、陝西省哲学学会副会長、中国宗教学会理事等を兼任。主に中国儒教史、中国宗教思想史、中国現代学術思想史の研究に従事。

【編集 陳文韜】

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