人類はいかにしてリスクに対抗し、東西文明の発展を推進するのか

 今日の世界は新型コロナウイルスや戦争の影に覆われている。人々は歴史を振り返り、そこから生き残る方法や未来に関する新たな希望を見いだすことに期待せざるを得ない。長い歴史の中で、人類は暴力、戦争、伝染病、災害などのリスクにさらされてきた。人類はどのようにしてこれらの脅威に対処し、生き残ることができるだろうか。

 アジアグローバル研究所所長、香港大学ビジネススクール経済学教授の陳志武氏はこのほど、中国新聞社の単独インタビューに応じ、文明の発展の歴史を紐解き、文明はいかにして今日の世界を創出したのかに迫る。

インタビューの内容を以下に要約する。

中国新聞社記者:今日の世界は平穏ではなく、戦争やその他の暴力が頻発するようになっていますが、歴史はずっとこのように続いてきたのでしょうか。また、文明は以前よりも進歩しているのでしょうか。

陳志武:過去40年間、世界は全体的には平穏であり、世界各国ともに繁栄、発展に寄与し、グローバル化を追求するようになりました。しかしここ数年、人種差別による事件は米国やその他一部の西側諸国で頻発しています。ウクライナでの戦争は地政学の衝突が暴力に発展し、それぞれの集団の不安感をますます募らせています。

点击进入下一页

 歴史的に戦争や災害などが非常に多いにもかかわらず、具体的なデータを見ると、過去の数千年で戦争による死亡率も一般的な暴力による死亡率も著しく低下しています。原始社会時代には、毎年10万人のうち約525人が戦争で、約600人が一般暴力で亡くなりました。21世紀の初頭になると、年間10万人のうち、戦争で亡くなった人は0.3人、一般暴力で亡くなった人は0.8人までに減少しています。この点からは、人類の文明の進歩は非常に顕著であると言えます。

 生活における暴力に対する人々の許容度も大きく変わりました。西洋では、コロッセオで人と獣の決闘を見るというのは古代ローマ人の娯楽の一つでしたが、今日では刺激的に楽しむべきものとは、到底考えられないものです。中国では、北京の故宮博物院に所蔵されている「北宋二十四孝磚雕之郭巨埋児」に描かれている郭巨が母親を養うために息子を生き埋めにしようとしたという話がありますが、今日では、このような極端な親孝行を推賞する人はほとんどいません。

 要するに今日の社会では短期的にはさまざまな事件が起こっていますが、時間軸を長くして歴史の進展から見れば、社会の発展はそれほど悲観的なものではなく、次第に野蛮さを放棄し、文明に向かっていると言えます。

中国新聞社記者:一般的には、「生産力」が人類社会の進歩の評価指標として用いられていますが、新刊のご著書『文明の論理―人類とリスクとの対抗―』の中では、「リスク対応能力」という指標を提示されました。その理由について教えていただけませんか。

陳志武:今までの学者が社会、歴史、経済を紹介する際に、人類社会が進歩しているかどうかを判断する唯一の指標は生産力であることが強調されてきました。しかし、この指標は儒教文化、古代ギリシャ文化、キリスト教文化など、文化と制度の役割を見落としやすいため、人類のリスク対応能力をもう一つの評価指標として加える必要があります。

 中国社会に影響を与えた儒教文化を例にとると、中国社会に実質的な科学技術の変化をもたらしたというわけではありませんが、分限・等級制度などによって中国の人間関係と社会を構造化・組織化し、人と人、特に宗族の仲間が有無相通じて、リスク分担の能力を強化しました。

点击进入下一页

 孔子は『論語』の中で、「寡きを患えずして均しからざるを患う、貧しきを患えずして安からざるを患う」と述べています。従来、儒家が関心をいだいた点は、生産力の向上ではなく、人間のリスク対応能力を高めることです。儒家は人間の助け合い、資源の共有、安心感を与えることが社会発展において必要不可欠なものとしてきました。中国大陸、香港、シンガポール、日本、韓国などの儒教文化の影響を受けている国や地域では、マスク着用や移動の自粛といった制約的な行動が受け入れられているのもこのためです。

 要するに、生産力だけで文明の進歩を判断するのではなく、文明が社会レベルでどのように人間関係を構築し、人間の内面を作り出したかによって、リスクにうまく対処できるようにしたことをも考えなければなりません。そのため、人類文明の発展史は生産力向上の歴史だけでなく、リスク対応能力の向上の歴史でもあります。

中国新聞社記者:中国と西洋の人類文明発展の歴史には、主にどのようなリスクがありますか。そのリスクはいかにして文明を生み出し、さらには文明を発展させるのでしょうか。

陳志武:リスクは「正常」の状態に対して言うものであり、正常から逸脱したすべての事象はリスクです。産業革命以前、中国と西洋の各国は農業を主とする社会だったので、自然災害のリスク、例えば干ばつ、水害、バッタ、火山噴火、地震などは人類社会が直面する共通の挑戦しなければならない対象となっていました。これらの事件が発生すると、人々の生活は正常の状態から逸脱し、さまざまな暴力や戦争を引き起こしたのです。

 しかし産業革命後、失業、金融危機、インフレ、政策の失敗などのような、全く新しい人為的なリスクが現れるようになりました。

点击进入下一页

 文明化できる創造的な営みは、人間の正常な生活を保障し、災害に直面しても暴力を使わないようにできるかどうかによって決まるものです。これらの営みは、人間関係、社会構造を再構成することによって、資源の共有、リスクの分散をより確実なものにし、実質的に文明を前進させることになります。

 文明には物質文明と非物質文明が含まれています。物質文明としては、外敵の侵入を防ぐための長城や塹壕があり、気候変動に対処できる農耕器具、季節をまたいで食料を貯蔵するための壷や甕などもあります。それらが発明されることによって、人類の気候災害に対処する能力が向上してきました。
 非物質文明については、典型的な例があります。湖南省で育った私にとって、子供にルールを守らせるのに一番効果があるのは「雷公」の神話です。「雷公」は人々をいつも見ているので、もし悪いことをしたら、いつか落雷に打たれるという話です。実際には、人類がリスクと不確実性に対処する最初の反応であり、社会のルールと秩序を構築し、人との協力を推し進め、暴力の減少に大きく貢献しています。

点击进入下一页

中国新聞社記者:リスクを回避し、衝突を解決する方法において、中国と西洋ではどのような相違点があるのでしょうか。リスク対応の経験を互いに参考にし、影響を与えあうことができるのでしょうか。

陳志武:相違点は主に「枢軸時代」と呼ばれる時期における中国と西洋のリスクに対処する方法、およびそれによってもたらされた異なる文化と制度に現れています。人類社会は今まで、リスクに対処する方法を4種類創ってきました。

 第一は、血縁に基づいて、相互扶助に必要とされる信頼関係を構築することです。中華文明は少なくとも周の時代から、主に血縁を頼りに身の安全、生活の安定を確保してきました。血縁関係を頼りに「異常」なことに対処する考え方は、中国社会ではずっと変わっていないのです。

 キリスト教が出現する前は、西洋もたいてい血縁関係を頼りに相互扶助の信頼関係を築いていました。しかし、西暦4世紀後半、キリスト教がヨーロッパで次第に盛んになると、人々のリスクに対処する方法は教会による宗教信仰を頼りに移り変わっていきます。これがリスクに対処する第二の方法−−−−宗教信仰に基づく相互扶助です。

 第三は金融市場、商業市場に頼ることです。金融市場の出現は人類のリスク対応能力を高める上で非常に重要で、大いなる前進と言えるものです。さらに、ドイツをはじめとした欧州諸国は19世紀後半から、第四の方法、すなわち福祉国家として豊かな社会保障を提供することを相次いで進めてきました。

 要するに、中国社会と西洋社会とはリスクに対処する方法が大きく異なっています。中国社会では基本的に頼れるのは家庭と宗族だけですが、西洋社会では、宗教信仰、市場、そして政府による福祉と、提供されるリスク対処の方法もあります。このような相違が中国と西洋の過去二千年の異なる文明の発展の道程を形成し、現在の中国と西洋の文明の差異をもたらしたのです。

点击进入下一页

中国新聞社記者:人類の文明は今日まで発展して、人類のリスク対応能力は絶えず向上してきましたが、新たなリスクや課題はあるのでしょうか。

陳志武氏:人類は運輸技術、商業市場などの文明化した創造的な営みを頼りに、むき出しになっている自然リスクの問題を基本的に解決できました。しかし、現代になって、一つのリスクに対処するために、金融や財政刺激策、国家福祉のいずれかの手段を使用するに伴い、新しいリスクが次々ともたらされています。例えば米国では、過去2年余りでコロナウイルスと闘うため、米中央銀行(Fed)が大量の紙幣を発行し、米財務省は様々な人々に小切手とか、金を配り、場合によっては1人当たり数百から千ドル以上の政府支援を行ってきました。こうなると、働くのを嫌がり、自宅で政府から小切手が送られてくるのを待ったり、さまざまなものを買いに出かけたりする人が増え、米国のインフレ率は8.5%と過去数十年で最高に達し、インフレリスクが大幅に高まっています。これは人類が直面する新たな社会問題と経済問題であり、新たな人為的リスクでもあります。

 現代社会、現代国家では、すでに自然によるリスクをうまく対処することが可能になっています。一方、人為的リスクが次第に主役となり、人類が直面するより大きな脅威となっています。人類は今後数十年、ないしは数百年、人為的リスクに対処する方法を模索し続けるでしょう。模索の過程には紆余曲折があるはずですが、幸いなことに、人類はリスクに立ち向かう過程でより文明的になり、また暴力被害を受ける確率は低くなるでしょう。(完)
【訳者 華僑大学外国語学院】

You may also like...

Leave a Reply

Your email address will not be published.