唐詩や宋詞は中国と西洋の「心の架け橋」の構築にどうように役立ったのか
2021年、世界保健機関(WHO)は、メンタルヘルス問題の顕在化は各国のパンデミックとの厳しい闘いが残した「壊滅的な痕跡」であると指摘した。さらに戦乱の下で暮らす人々は、精神疾患を患う確率が5倍高くなるという研究結果もある。戦争、疫病、航空事故や失業などに直面したとき、人々はいかにしてメンタルヘルスを保てばよいのか。文化背景の異なる心理カウンセラーが信頼関係を築き、心を癒すためには、「読心術」をどのように活用すればよいのか。中国文化が中国と西洋の「心の架け橋」になるにはどのようにしたらよいのか。先ごろ、中国系アメリカ人心理カウンセラーの吉祥氏は中新社の独占インタビューに応じ、中国と西洋の「心の架け橋」となる処方箋について語った。
インタビューの概要は以下のとおり。
中新社記者:中国系アメリカ人心理カウンセラーとして、欧米の相談者の信頼をどのようにして勝ちとったのでしょうか。中国系である利点と課題は何ですか。
吉祥:華僑華人の資質は一般的に高く、比較的質の高い「生産資源」で、居住国の経済発展や科学技術の進歩に重要な役割を担っています。自身の専門的な能力により居住国の人々から高く評価される華僑華人がますます多くなっています。
心理カウンセラーにとって、中国系であることはチャレンジでもあり強みでもあります。文化背景の異なる相談者の信頼を得るには、心理カウンセラー自身がよりすぐれた専門的な能力や共感力を持たなければなりません。多くのアジア系移民は、中国系心理カウンセラーをより信頼しています。このような人々は、アイデンティティの問題に敏感で、中国系カウンセラーのアドバイスを受け入れやすい傾向にあります。
中新社記者:カウンセリングで中華文化を活用されていますか。どのような効果がありますか。
吉祥:かつてあるアメリカ人の相談者から「先生は、ナイフのように私の心の奥底まで突き刺してから、傷口をたどって理解を深めていく人だ」といわれたことがあります。
心理カウンセラーは相談者の限られた表現から、言葉の裏にある多くの意味を理解する必要があります。相談者の心の奥底の痛みを短時間で理解し、心の問題をずばり指摘できるのは、幼い頃から中国の漢詩に親しんできたことと大いに関係があります。
唐詩、宋詞は深い蓄積をもっています。漢詩は高度に洗練された感情表現であり、「此の時声なき声あるに勝れり」。漢詩を味わう過程で、生命の階層をより深く理解し、痛みや喜びをより深く味わえるようになりました。
たとえば、初唐の詩人宋之問の『漢江を渡る』に「郷に近づけば情さらに怯(お)ぢ」という一節があります。これは故郷を離れて久々に帰って来た旅人のうれしさと怯えが入り交じった気持ちを表現しています。これは心理学の「反動形成」、つまり心理的防御機能の一つである「過剰是正」という概念に非常に似ています。相談者の中には、自分の本心をうまく表現できず、言葉と裏腹の行動をとってしまう人さえいます。漢詩を学ぶことで、より早く相手の世界に入り込み、関係を築くことができます。相手を理解すると同時に、より明確に、より正確に自分の考えを表現できるようになりました。
その結果、自分の中国系というアイデンティティを他の人にためらわずに話すことができ、中国文化が浸透した後は、同業者に比べて問題に対してより深く思考できるようになりました。
中新社記者:中国と西洋の心理学研究にどのような共通する理念がありますか。
吉祥:専門的な観点から見ると、中国の伝統文化には心理学という概念はありません。
しかし関連する理念は西洋の心理学とつながっているだけでなく、一部は次第に西洋の心理学に受け入れられ吸収されてきました。
多くの人は、文化の違いを比較するために「どちらか一方」という思考パターンを使用します。この二項対立はさらに多くの領域に広がっています。しかし実際にはやみくもな分類は問題の解決につながりません。
中国人は「中庸の道」を尊びます。問題や対立に対して、私たちは「相手を尊重する」「対等な対話」の意識を身につけなければなりません。欲求ということでいえば、東洋人でも、西洋人でも「承認されたい」「帰属感、安心感を得たい」という欲求があります。アメリカの社会心理学者は人間の欲求を階層的に下から順に、「生理的欲求」(衣食)、「安全の欲求」(経済的保障)、「社会的欲求」(友人関係)、「承認欲求」および「自己実現の欲求」に分け、これらの欲求は人種や階級を超えて存在するとしている。心理学研究の観点から、問題をよりよく解決するためには、お互いに共通点を見つけ、全体として「人」をとらえる必要があります。
中新社記者:長年アメリカで心理カウンセラーとして活躍されていますが、カウンセリングしたアメリカの相談者はどのような集団の人たちでしょうか。中国とアメリカの人々の家庭問題の解決にはどのような相違点と共通点が存在しますか。
吉祥:大半の相談者は、弁護士や医師などの高度な知識を持つ集団に属しています。これらの人々は、社会的地位が高く、経済力がある傾向にあります。中国もアメリカも同じような家庭問題に直面していますが、問題解決という点では明確に違います。
アメリカの家庭と比較すると、多くの中国の家庭は深刻な問題が発生してから専門のカウンセラーを探すのが一般的なようです。また、子どもが自殺したり、深刻なうつ状態になったりしたときに、子ども自身の問題と考えて、自分自身に原因があるという意識がなく、さらに自ら心理カウンセリングを受けようとしません。
近年、中国の若い夫婦やカップルでも心理カウンセリングを受けようとする人が増えています。さらに多くの親たちは、「自分自身を変えることから始め、さらに子どもに影響を与える」という意識を持ち、専門的な児童心理学の知識を活用して子育てをしています。
家庭の問題は大変似ていますので、異なる文化背景の人々が、心理学の観点から結婚や子育ての問題におけるよい対処法を互いに学び合うことができます。
中新社記者:文化背景が異なる相談者と向きあう中国系心理カウンセラーが仕事上注意すべきことは何ですか。経験やアドバイスをお聞かせください。
吉祥:国際的世論において、多くの移民が現地の主流文化に溶け込めないだろうと疑われています。このような声は、いきおい、あらゆる職業の移民の心理に影響をおよぼします。
中国系心理カウンセラーは、人間を相手にするのが仕事です。信頼を勝ち取るためには、まず疑いの声の存在を認め、それを解決する過程で文化背景が異なる相談者との信頼関係を築いていきます。
まず、相談者との信頼関係を成立させるには、持続的なオープンで誠実なコミュニケーションを土台にする必要があります。これには、心理カウンセラーは、職業倫理を遵守し、相手のプライバシーを勝手に漏らしたりコメントしたりしてはなりません。専門家のカウンセリングは、自分の見方をコントロールすることに特別な注意を払い、自分の考え方や意見で相談者を包みこんでしまわないことです。相手のパワーになるのではなく、問いかけを通して相手からパワーを引き出すことが必要です。
その次に、文化背景が異なる人々は、思考パターン、言語表現などが大きく異なるため、互いの行動パターンでも違いが生じます。
文化背景が異なる相談者の中には心を開いて、問題に向き合ってくれる人もいます。これは中国の詩人李白の『秋風詞』にある「我れ相思の門に入り、我れ相思の苦しきを知る」と心中を吐露しているのと同じです。それから、「たとへ千種の風情有るとも」本心を明かさずに比喩を使って感情を表現する人もいます。これは、中国の漢詩において特定の場所を用いて心のありかを象徴する修辞に似ています。心理カウンセラーは、漢詩の文化的本質を取り入れることで、自己の感情に対する認識を豊かにし、より豊かな「素材ライブラリー」の中から相手を癒す共感を呼ぶ「良薬」を見つけ出すことができます。
中国文化は、高コンテクストコミュニケーションであり、アメリカ文化は低コンテクストコミュニケーションであることが研究によりわかっています。高コンテクストの中国文化は、比較的表現に含みを持たせます。中国と居住国の両方の言語、文化、習慣に精通している心理カウンセラーとして、文化背景が異なる相談者に共通する問題を見つけ出し、デメリットをメリットに変えることを学ぶ必要があります。
中新社:先生の経験から、人々はどのように文化の壁を突破し、異文化交流の障壁を乗り越えるべきでしょうか。
吉祥:双方の境界線をなくす過程で、思考を変える必要があります。実際、コンセンサスを求める過程とは相互の利益を達成する過程なのです。どちらか一方の当事者の極端な思想や閉鎖的な「自己癒し」行動は物事を洞察する上で障害をもたらし、双方のコミュニケーションに断裂を招く可能性があります。
「和羹の美は、異を合わせるにあり」(いろいろなものが入っているからスープはおいしい)という言葉があります。文化の違いを認めると同時に、異なる文化間の関係を理性的に認識し、双方の間の理解を深めていく必要があります。「言語と文化で表現されたものは最終的には人類世界に属する」という意識でコミュニケーションを行わなければなりません。さまざまな人種、肌の色の人々と対面したとき、自分自身に注意を促さなければなりません「私たちは、同じ地球村に住んでいる互いの心理的、生理的欲求の共通点を見つけ、人間としての共通性に立って同じ方向から取り組むことで、文化を超えた『コミュニケーションの架け橋』を築くことができるのだ」と。(完)
吉祥氏略歴:
米国の心理カウンセラー、米国新歌心理工作室CEO、吉祥先生の両親教室創設者。2016年FIRNアメリカの成功した人物賞受賞。中国清華大学、中国人民大学特別招へい外国専門家講師、米国メリーランド州教育省の子育て・教育に関する特別招へい専門家講師、米国メリーランド大学CSSA特別招へい専門家講師。代表著書『家族不安ハンドブック』。これまで中米両国で2万を越す家族に約3万時間のカウンセリングを提供。
【編集:蘇亦瑜】