「共同富裕」の理解では「間違った認識」避けるべき

 (中国通信=東京)北京18日発中国新聞社電は、「『共同富裕』を理解するにはどのような『間違った認識』を回避すべきか」と題する次のような記事を配信した。

 2021年、中国は予定通り小康〈ややゆとりのある〉社会の建設を全面的に完成させ、社会主義近代化国家建設の新たな征途をスタートさせ、またそのために全人民の共同富裕促進をより重要な位置に据えた。しかし「共同富裕」をどう正しく理解するかについては、いささか認識に偏りが生じている。

 共同富裕は「大なべ飯〈大躍進政策 悪平等〉」の時代に戻ることなのか。共同富裕は「富める者から奪って貧しい者を救う」ことなのか。海外ではさらに、これをプラットフォーム企業に対する規制や反独占措置と関連付けて、「共同富裕」が中国の民営企業の発展の利益に影響を与えるとする声もある。現在、「共同富裕」の意味を正しく認識する必要がある。


 国民経済研究所の王小魯副所長はこのほど中国新聞社の「東西問」コーナーの取材に答えた際、「共同富裕」は平均分配ではなく、必ず市場経済を基礎とした条件の下で、より整った制度を形成し、すべての人が経済発展から恩恵を得られるようにすることであると述べた。


 インタビューの要旨は以下の通り。
 問:われわれはどのようにして「共同富裕」を正しく理解するべきか。是正するべき間違った認識にはどういったものがあるのか。


 答:比較的際立った問題の一つが、共同富裕と市場経済を対立させ、共同富裕は「貧富の平均化」だと考える人々がいることで、これは間違いである。


 共同富裕は共同の貧困ではなく、「大なべ飯」の時代に戻ることではない。まずパイを大きくしてからようやく共同富裕が実現できる。


 どうやってパイを大きくするのか。経済発展には效率的でなくてはならず、市場経済こそが效率を引き上げることができる。改革開放以前、われわれは計画経済を実施した。全国で統一的に分配し、貢献が多かろうが少なかろうが一人一人が得られるリターンにあまり差がなかったため、積極性は失われ、経済生産も效率的ではなかった。

江苏省连云港市东海县洪庄镇,女性农民工在家门口企业生产出口中东国家的服装。<a target='_blank' rel=


 こんにちの共同富裕は平均分配ではなく、必ず市場経済を基礎とし、あらためてより整った制度を形成し、あらゆる人が経済発展から恩恵を得られるようにすることだ。


 所得格差の存在を認めなければならない。一人一人の貢献は異なり、労働をすれば賃金を得るべきであり、投資をすれば配当金を得るべきであり、発明・創造にはしかるべき報酬が与えられるべきだ。所得格差もそれに伴い自然に発生する。これは市場の条件に基づいた一次分配であり、それぞれの貢献に応じた所得である。


 「共同」は「平均」ではなく、すべての人が同じになるということではない。われわれは弱者層、困難な状態にある民衆を守らなければならない。労働能力を喪失した老人、病人、障害者、失業者のように、貢献が相対的にやや少ない、或いは貢献がない人々であっても、基本的な生活保障を受けられるべきであり、経済発展に伴って彼らの生活も改善されるべきである。これは所得移転支出、再分配、社会保障、公共サービスといった制度とガバナンスによって実現されなければならない。


 わたしは、人々がみな社会保障のシステムにカバーされ、生活が基本的に保障され、だれもが基本的な公共サービスを受けることができ、だれもが発展の恩恵を受けることができ、所得格差が合理的な範囲内に保たれて果てしなく拡大しないことを「共同富裕」と認識している。

山西太原,棚改区居民入住西华苑安居保障房后,在小区内晾晒衣服。<a target='_blank' rel=


 問:中国は当面、どういった制度でもって「共同富裕」の実現を促進するべきか。


 答:現在すでに一連の社会保障システムが構築されているが、このシステムはすべてをカバーしているわけではない。都市には2億人余りの出稼ぎ農民がおり、彼らはもはや農民ではなく、長期にわたって都市で生活し働いており、農業以外の産業に従事している。こうした人は都市の社会保障システムに含まれるべきであり、戸籍の制限によって保障システムの外に置かれるべきではない。


 2020年に新型コロナの流行が深刻だったころ、多くの人が仕事を失ったが、実際に失業保険を得られた人は少数で、そうした人々はすべて都市戸籍を持っていた。都市戸籍を持たない出稼ぎ農民のうち、一部の人はすでに失業保険に加入していたにもかかわらず、失業保険金の受取りに多くの煩瑣な制度規定があったため、多くの人が保険金を受け取るのが困難だった。一部の特殊な緩和政策が実施されてようやく一部の人がある程度の救済を得ることができた。


 同じように都市で働き、同じように貢献しているにもかかわらず、制度は一部の人にしか福祉を提供せず、それ以外の人々をカバーしていない。これは制度の欠陥であり、さらなる改善が必要だ。例えば、都市で3年または5年働いた場合、自動的に都市住民として受け入れられるべきであり、同等の社会保障待遇を受けるべきである。これらを達成できれば、共同富裕に一歩近づくだろう。さらに公共サービスの都市農村間格差や地域間格差も徐々に縮小するよう努力しなければならない。保障性住宅〈低所得者向け住宅〉の供給も大幅に強化し、すべての人に住む家があるようにしなければならない。

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 問:「共同富裕」は中国の富裕層、大型企業にとってどのような意味を持つのか。


 答:彼らにとって、これが何らかの根本的な違いを意味してはならない。市場によって得た所得と報酬は、それが合法的なものである限りは与えられるべきである。


 企業家に思いやりがあり、低所得層、弱者層に特別に関心を寄せ、彼らをサポートしようと思うことは、非常に奨励・提倡すべきことだが、だからとってそれがなんらかの義務として科せられるべきではなく、なんらかの政治的圧力、社会的圧力によって慈善事業を行うべきではない。企業家は優れた企業を大きく発展させること自体が社会に対する貢献であり、大量の雇用をもたらし、多くの税を支払い、GDPを生み出している。「共同富裕」は市場分配の原則を変えることを意味しているのではなく、なおかつ市場を通じて得られた合法的な所得は必ず法律によって保護されなければならない。


 一方で、われわれの租税制度はさらに整備する必要があり、これによって一部の人の利益が何らかの影響を受ける可能性がある。とはいえ、こうした影響は「プラスもマイナスもある」ものであるべきで、単なる加税であってはならない。所得についていえば、大きな方向性としては、税負担が重いものは減税し、所得が高く税負担が軽いものは多少重くして、あらゆる人々の税負担をよりバランスがとれたものにし、より所得に見合ったものにするべきである。所得が多ければ税負担も多くなるが、これは高所得者に懲罰的な税率を科すということではない。


 問:西側の高福祉制度に対し、中国はいかにして「共同富裕」を実現するべきか。


 答:国家統計局のデータによると、2020年の中国のジニ係数は0・468で、一部の研究機関の計算結果ではこれよりもさらに高かった。先進国の中で、所得格差が比較的大きい米国を除くと、ジニ係数は大よそ0・40前後であり、西欧・北欧の国の多くはこれよりも低い。西欧諸国は大よそ0・30から0・36の間、北欧諸国と日本は大よそ0・25から0・30の間である。


 もちろん、各国の国情はそれぞれ異なり、制度は本国の実際の状況に基づいて最適化するべきだ。海外の経験を学ぶ際にも「中国化」は必要であり、その優れた点を取り入れ、良くない点を取り除くべきだ。目標はより合理的で完全な分配制度によって、「共同富裕」をより良く達成することである。


 中国は社会主義国家だが、だからといって、平均分配をやり、計画経済に戻り、政府が市場にとって代わり、政府が分配を行おうとしているわけではない。過去の実践によってこうした道は行き止まりであることが分かっているからだ。「古い道」を行こうとすれば、パイを大きくすることはできず、「共同富裕」が「共同貧困」になるだろう。われわれは效率を保証する基礎の上、市場経済の基本的原則を変えないという基礎の上で、分配制度をより完全にし、だれもが比較的良好な福祉待遇を得られるようにすることが必要だ。

河北省邯郸市,志愿者为春光园社区的居民免费测量血压。<a target='_blank' rel=


 問:一部の西側先進国にもそれぞれの「共同富裕」のバージョンがあるのではないか。


 答:先進国の社会福祉と保障制度にはそれぞれ特徴があるが、共通する部分もある。これらは人類文明の共同の結晶であり、国境を問わず共有するべきであって、排斥するべきではない。全体的に言って、市場経済、所得再分配制度、社会福祉・保障制度はいずれもこうしたものである。いわゆる西側世界または先進国はいずれも市場経済だが、市場経済は西側世界のものではなく、なおかつ彼らのこんにちの市場経済はすでに19世紀のそれとは大きく変化している。


 19世紀の西側各国はほとんどが完全な自由放任の市場だった。20世紀、資本主義諸国は一連の所得再分配制度、公共サービス、社会保障システムを構築した。こうした変化は社会階層間の相互の対話、角逐、闘争の下でもたらされたものでもある。


 米国では1930年代の大恐慌時代に、ルーズベルトがニューディール政策を実施し、政府がカネを出して失業者を救済した。これは当初一種の臨時措置だったが、後に常態化の軌道に乗り、徐々に調整される中で失業保険制度とその他の社会保障制度がつくられた。


 こんにちの西側先進国はすでに資本主義と社会主義が共存共生する混合経済へと変わっているが、ここでいう社会主義とは全国民が発展の成果を共有するという意味であって、政府が一切を決定する計画経済ではないし、平均主義の分配制度でもない。


 問:西側国家の高福祉制度は長年にわたって実施されている。われわれこれを参照するプロセスの中でどのようにして回り道をしないようにするべきか。


 答:わたしは二つ注意するべき点があると考えている。一つは福祉制度の全国民性であり、全国民が制度の恩恵を受けられるようにし、一部の人を排除しないようにしなければならない。この点において、一部の先進国は非常にうまくいっており、われわれは改善する必要がある。


 二つめは過剰な高福祉が発展に影響を与えるのを回避することだ。例えば数年前、ギリシャ、ポルトガル、スペインなどの国では高福祉制度が債務危機をもたらす重要な原因になった。国の経済発展レベルが高過ぎる福祉を支えられなければ、「寅の年に卯の年の食糧を食べる〈支出の前借〉」しかなく、借金によって高福祉制度を維持するしかないため、最終的に〈福祉制度〉が債務危機に変わってしまう。


 われわれは一連の公共福祉制度を持つべきだが、それは発展レベルに見合ったものであるべきで、経済・社会の負担を重くし過ぎてはならない。同時に、政府の投資規模も経済条件が許す範囲を超えてはならないことにも注意すべきだ。過剰な投資も債務の負担をますます重くし、債務危機をもたらすことになる。


 公共支出の資金はすべて「刀刃〈重要な部分〉」に使われるべきだ。まずは「雪中送炭〈苦しんでいる人を助ける〉」を達成するべきであり、民衆の最も差し迫った問題を解決してから、錦に花を添えることを考えるべきだ。一方で、資金は合理的・効果的に使わなければならない。健全な制度保障によって、政府と仲介機関が資金を乱用するのを防ぎ、公共資源の浪費・流失・汚職腐敗を防ぎ、制度を整備することで、同じ額の資金がより良い福祉保障をもたらすことができるようにする必要がある。(完)
                     

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