神の領域に踏み込んだ賀建奎(その1)

深圳市瀚海基因生物科技有限公司社内で実験をおこなう賀建奎(右)と研究員

世界初のHIV耐性を持つ遺伝子編集ベビーが中国で誕生したニュースは世界に衝撃を与えた。2018年11月28日、香港で開かれた第2回ヒトゲノム編集に関する国際会議において南方科技大学の賀建奎准教授はゲノム編集した卵子から双子の女児が産まれたことを報告した。

※本記事は2019年4月号の月刊中国ニュースより転載

 

南方科技大学のとある研究棟に並ぶ、ごく普通の会議室。壁には賀建奎(ホー・ジエンクイ)が中央及び地方の様々な幹部やノーベル賞受賞者とともに写った写真、そして発表した学術論文の一部がぎっしり貼られている。背の高くない彼は湖南訛りがきついため、時々聞き取れない。これは2018年3月22日、賀建奎が自身の経営する企業「瀚海基因生物科技有限公司」(Direct Genomics、以下瀚海基因)で取材に応じた際の様子だ。当時彼はこんなことを繰り返し強調していた

―― アメリカでは、中国系科学者にとって見えないガラスの天井がある。だから、国に帰らなければ「何か大きな事」をすることはできない。

半年後、瀚海基因は南方科技大学から約20㎞離れた羅湖区に移転し、2フロアのスペースに研究開発やマーケティングなど多数の部署を抱える規模に成長していた。そしていま、この「何か大きな事」を夢見ていた起業家のスター教授は、デザイナーベビー実験を断行した結果、怒濤のごとき批判を浴びている。関係者はあわてて各種の「言い訳」を繰り出し、賀建奎と手を切った。2018年11月27日夜、国家科学技術部の徐南平(シュー・ナンピン)副部長はこの件に関して「今回の『デザイナーベビー』が本当に誕生しているとしたら、法で明確に禁じられている行為であるため、中国の関連する法律及び条例に基づき対処する」とコメントした。国家衛生健康委員会は26日夜、広東省衛生健康委員会に対し、事実を調査・確認し、法律及び規則に基づき対処するとともに、その結果を随時社会に公表するよう要求した。

賀建奎 ―― 10億元を稼ぐとも言われるこの南方科技大学の若き准教授は、研究者生命と壮大なビジネス計画の両方を一瞬で失おうとしている。

2018年11月26日、南方科技大学は声明を発表し、賀建奎が2018年2月1日から2020年1月まで無給休暇に入っていることを公表した。3月の取材時、賀建奎自身も南方科技大学と他の高等教育機関との違いについて、「教授の起業を奨励しており、籍を置いたまま無給休暇を取得し、自身の事業に全力投球することを認めてくれる」と語っていた。

DNAシーケンサーからスタート

深圳はチャレンジャーにとっての楽園だ。賀建奎は取材をおこなった際、「深圳はものすごいスピードで発展している街。私が入ったとき、南方科技大学はまだいろいろな体制が整っていなかったが、おかげで若い我々にとっては逆にチャンスだった。私は深圳をとても気に入っている」と語っていた。賀建奎のWeChat〔微信〕のプロフィール画像は彼自身の似顔絵だ。片方の手はDNAの二重らせん構造を指差し、もう片方の手はDNAシーケンサーの上に置かれている。その横には「1つの巨大な産業チェーンがDNAシーケンス技術の発展とともに誕生しようとしている。技術の進歩と市場の拡大につれ、それは他の多くの産業分野でも変革を引き起こすだろう」という意味の英文が書かれている。この言葉こそ、彼の行為を最も端的に説明していたと言える。DNAシーケンサーの開発は単なる手段に過ぎなかった。彼の最終目的は、次世代DNAシーケンス技術を臨床応用し、産業全体を改革することだったのだ。

南方科技大学の公式サイトで、賀建奎は次のように紹介されている。「多分野の学際的知識を持ち、DNAシーケンサー研究、CRISPRを用いたゲノム編集、バイオインフォマティクスなど複数の分野で研究成果を挙げている。近年はシングルセルDNAシーケンシングの手法をベースに、CRISPR–Cas9によるゲノム編集のオフターゲット効果を測定する研究を展開しており、ゲノム編集の臨床応用における重要な基礎を築いた」

 

「世界初のデザイナーベビー」

「世界初のデザイナーベビー」で天下に名が知れわたる前から、賀建奎はそこそこの有名人で、広東省の地元メディアのニュース欄に頻繁に登場していた。それまで主に第3世代DNAシーケンサーの開発を手がけてきた賀建奎は、公衆の面前に顔を出すようになると、いつも「アジア一・世界トップレベル」の第3世代DNAシーケンサーを大々的に宣伝していた。南方科技大学の賀建奎の研究室のドアには、「100ドルで世界を変える」と書かれたDNAシーケンサーの広告ポスターが貼られている。大学の公式サイトの紹介には、「賀建奎博士のチームは2015年にアジア初の自主開発製品となる第3世代単一分子DNAシーケンサーを開発し、その成果は『ネイチャー・バイオテクノロジー』で特集された」とある。賀建奎の説明によると、目下世界で第3世代DNAシーケンサーの開発をおこなっているのは、アメリカのパシフィック・バイオサイエンス社、イギリスのオックスフォード・ナノポアテクノロジーズ社、そして彼の瀚海基因の3社のみだという。前2社はすでに中国市場に進出しているが、瀚海基因は申請準備の段階で、まだ正式販売はされていない。瀚海基因の顧問には、RNA分野の世界的権威で2006年ノーベル賞受賞者のクレイグ・メロー(米国)、バイオインフォマティクス分野で中国国内唯一の院士である陳潤生、アメリカで賀建奎の指導教官だったDNAシーケンシング界のトップ研究者スティーブン・クエークら、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

彼らが開発した第3世代DNAシーケンサーは、第2世代と比べてより性能がよく、よりスピーディーでより便利になった。必要な血液量、つまりサンプルサイズは大幅に縮小され、感度も向上し、しかも操作は全自動であることから気軽に使用でき、一般の医療機関での臨床使用により適している。第3世代DNAシーケンサーが量産及び運用されれば、一般人が遺伝子検査をする際の費用を1人あたり1000ドルから100ドルまで引き下げることが可能、と賀建奎は胸を張った。
2018年11月27日午後、再び南方科技大学生物学部の賀建奎の研究室を訪れたが、中には誰もおらず、ドアの鍵の上部はA4の紙2枚で封印されていた。研究室のガラスの壁の外側には、2016年2月の『ネイチャー』誌に掲載された瀚海基因の第3世代DNAシーケンス技術に関する記事が貼られていた。夕方には、賀建奎の痕跡が残るこれらの掲示物もすべて跡形もなく撤去されていた。

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