中国国務院は5月31日、景気安定化策を発表した。今回の景気安定化策は5月23日に李克強・首相が国務院常務会議で示した大枠を具体化したもので、6分野33項目に及び、「景気安定化33条」と呼ばれている。「景気安定化33条」の特徴としては①財政・金融政策に依存していた従来の景気対策と異なり広範な政策手段を用いていること、②産業・サプライチェーンの混乱解消に関する内容が比較的多かったこと、③中小・零細企業の支援に軸足を置いていること――等が挙げらている。 33項目の内訳をみると、7項目が財政政策、5項目が金融政策、6項目が投資安定化・消費促進、5項目が食糧・エネルギー安全保障、7項目が産業チェーン・サプライチェーンの安定化、3項目が民生にかかわるものとなっている(最後の<6分野33項目>を参照)。 ■新卒者採用した企業に補助金 このうち、目新しいものとしては雇用安定に向けた支援強化(第7項)がある。内容は、年末まですべての企業を対象に新卒者を募集する場合、1人当たり1,500元を上限に雇用拡大補助金を支給するというもの。注目されるのは補助金支給の対象が既存の従業員ではなく、新卒採用となっている点だ。中国では今年、1,076万人が大学・専門学校を卒業。過去最多の規模となる一方、景気が不安定な中で働き先が見つからない卒業生が多くなる恐れが指摘されている。こうした状況下、新卒者を採用した企業に補助金を支給することで、企業、特に中小企業の雇用拡充や新卒採用のインセンティブにつながることが期待されている。 ■中小・零細企業向け融資残高の増加に応じて銀行に資金支援 中小・零細企業向け少額ローンの支援強化(第9項)も新味のある支援方法と指摘されている。支援方法は、中国人民銀行が銀行に対し、中小・零細企業向け少額融資残高の増加分に応じて2%の資金支援を行う形。例えば、ある銀行が年末までに新たに10億元の中小・零細企業向け少額融資残高が増加した場合、人民銀行は銀行に2,000万元を支給。これにより銀行に中小・零細企業向け融資を促す。 ■家賃補助 市場主体(企業)の家賃の段階的な減免(第25項)では、国有のオーナーがサービス業の零細企業や個人事業者に3~6カ月分の賃料を減免するとともに、その他(非国有)のオーナーに対しても同様のやり方を採用するよう奨励。減免額は同年の不動産税、都市部土地使用税で相殺でき、実質的に政府が部分的に負担する形となる。同時に、国有銀行に賃料を減免するオーナーに対し優遇金利などの支援を行うよう要請している。 ■プラットフォーム経済を支援 昨年以降、規制強化の対象となっていたプラットフォーム企業に対しては、プラットフォーム経済の規範的で健全な発展促進(第17項)が盛り込まれ、「プラットフォーム経済の規範的で健全な発展を支援する具体的な措置を打ち出す」とされた。また「プラットフォーム経済の雇用安定の役割を十分に発揮し、プラットフォーム企業と共存する中小・零細企業の成長予想を安定化させ、プラットフォーム企業の発展が中小・零細企業の救済を促す」と強調した。ここで注目されるのは、初めてプラットフォーム経済と中小・零細企業の共存関係、牽引関係が明確に示されたことだ。これは、プラットフォーム企業だけが一人勝ちしているわけではなく、中小・零細企業を含めた健全なエコシステムを形成していること、中小・零細企業とプラットフォーム企業のウィンウィン、相互補完が可能であることを示唆している。 ■急がれるサプライチェーンの安定化 前述した通り、コロナで打撃を受けた産業・サプライチェーンの安定化の措置も多く盛り込まれた。内容としては、民間航空などコロナの影響が比較的大きい業種への救済強化(第26項)では、民間航空業界に3,500億元の融資および債券発行を支援。企業の操業再開最適化(第27項)では、(企業の操業再開に必要な)ホワイトリスト制度の実施を地方政府に命じ、原則的に生産停止を求めないとしている。また、交通、物流の円滑化政策の改善(第28項)では、感染リスクの低い「低リスクエリア」からの貨物輸送車両に対する防疫通行制限の全面撤廃するとされ、物流の早期回復が期待される。 ■投資促進はカテゴリー別に 投資促進では、水利プロジェクトの推進加速(第13項)、交通インフラ投資の推進の加速(第14項)、地域の状況に応じた都市地下複合水路の建設の継続推進(第15項)、民間投資の安定、拡大(第16項)、一大エネルギープロジェクトの実施推進(第21項)、金融機関のインフラ建設及び重要プロジェクトに対する支援拡大(第12項)等の詳細なカテゴリーに分けられている。これらカテゴリーでは、それぞれ具体的な目標が挙げられるとともに、実施方法や責任制度も明確にしており、「従来の官制スローガン的な内容と異なり、具体化された内容」との声もある。 ■多くの雇用抱える中小・零細企業支援を重点に 中小・零細企業の支援では、33項目の中で24カ所で言及されている。このうち、増値税未控除部分の還付政策の拡大(第1項)では、還付対象に新たに7業種を追加。税還付額は1,420億元増加、今年の税還付総額は1兆6,400億元がそれぞれ見込まれている。支援実施にあたっては、特に零細企業、個人事業者の増値税未控除文の還付支援を急ぐよう要請している。 政府調達拡大による中小企業支援の強化(第5項)では、零細企業の価格割引率を6~10%→10~20%に引き上げるとともに、中小企業からの調達シェアを30%以上→40%以上に引き上げる。また、金融政策でも中小・零細企業、個人事業者、トラック運転手に対する融資奨励(第8項)などを盛り込んだ。 中小・零細企業支援に軸足を置いた背景には、これら企業が多くの雇用を抱えていることがある。統計によると、2021年末時点で中国で登録されている市場主体は1億5,400万社に達し、うち個人事業主は1億300万社。2億7,600万人の雇用をカバーしている。特に、卸売・小売、宿泊、飲食、文化、観光、旅客輸送などサービス業での雇用者が多いだけに、これら業界の支援は、雇用の安定、社会の安定に欠かせない。 雇用を多く抱える一方、景気が不安定化する中にあってリスク抵抗力が弱く、資金回収などの影響を受けやすい中小・零細企業の支援を巡っては、これまでも中央が幾度となく訴えている。4月29日に開催した共産党中央政治局会議では「市場の主体を安定させ、コロナ禍で深刻な打撃を受けた業界、中小・零細企業、個人事業主に対して包括的な救済・支援政策を実施する」と強調している。 こうした中、中央当局も関連の支援策を打ち出している。直近では国有資産監督管理員会が5月25日、『中央企業による中小企業困難緩和支援による協同発展促進に関する通知』を発表。国有資産監督管理委員会は、「経済の循環を円滑にする点からも、大企業の社会的責任を果たす点からみても、産業チェーン、サプライチェーンの川上から川下までの大中小企業はいずれも協力関係にある」とし、中央企業による中小企業支援策を打ち出している。 <6分野33項目> ○財政政策(7項目) (1)増値税未控除部分の還付政策の拡大 (2)財政支出ペースの加速 (3)地方政府専項債(地方債の一種で収益性のあるプロジェクトの資金調達用)発行による調達資金の使用加速および支援対象拡大 (4)政府系機関による信用保証などの政策の確実な実施 (5)政府調達拡大による中小企業支援の強化 (6)社会保険料支払い一時免除政策の実施 (7)雇用安定に向けた支援強化 〇金融政策(5項目) (8)中小・零細企業、個人事業者、トラック運転手に対する融資および個人向け住宅・消費融資等の元利返済延期の奨励 (9)中小・零細企業向け少額融資の支援拡大 (10)実質貸出金利の緩やかな引き下げ推進の継続 (11)資本市場の資金調達効率の引き上げ...