『老子』が世界に発信する東洋の知恵とは何か、老子学会会長に聞く
『老子』は東西を問わず高い評価を得ており、最も多く翻訳されている中国の古典である。『老子』が影響力を持っているのはなぜなのか。
北京大学高等人文科学研究所執行院長、鄭州大学哲学院院長、老子学会会長の王中江氏が、中新社「東西問」の独占インタビューに応じ、『老子』の魅力の深さ、世界的な影響力、老子の思想がもつ東洋の知恵をより広めるにはどうしたらよいかについて語ってくれた。
インタビューの概要は以下のとおり。
中新社記者:『老子』が世界的な古典となった理由は何でしょうか。
王中江:「人は地に従い、地は天に従い、天は道に従い、道は自然に従う」と説く老子は、中国古代の偉大な思想家、哲学者であり道教の創始者です。後世に伝わる名著『老子』は5000字という短いものですが、その内容は万物に及び、宇宙の成り立ち、万物の根源、国家の統治、生態系の保護など哲学、経済、政治的な重大な問題について説かれております。国家統治、家訓、修養、学習のための古典として後世の人に崇敬されていて、世界最古の哲学書でもあります。
老子の著作に関するこれまでの最古の記録は司馬遷の『老子列伝』にあり、「老子は上下編、5000字あまりで道徳の意味を説く本を書いた」と記されています。『老子』は、注釈や解説がこれほど多いのも珍しく今日では、世界で最も翻訳されている古典の一つであり、「すべての古典の頂点」といわれています。『老子』が世界的に注目されているのは、その哲学的知恵の深さと高さが根底にあるからです。
第一に、『老子』には、「生きるために正しい道だといえる道は、永久不変の真の意味での道ではない」「道が万物を生み出す」「道は自然の法則に従う」という玄妙で高度な宇宙観および世界観が存在することです。
第二に、「真の忠告は耳に痛い」「大知は愚の如し」「弱いものが強いものに勝つ」という、独特で並外れた複雑な思考や言い方があることです。
第三に、「無為になれば何事でも成し遂げることができる」「大国を治めるのは小魚を煮るようなものだ」「清らかで静かな無為こそが天下の模範となる」という高度な政治哲学と政治原理を有していることです。
第四に、「真に高い徳をもった人は徳があることを意識しない」「よく生を摂するものは、犀の角や虎の牙もその人を倒すことができず、また、戦の渦中にあってもその人は害されることはない」という奥深い倫理観、価値観および修練術を備えていることです。
第五に、「民衆が死を恐れないのに、どうして死刑で脅かすことができようか」「真の道がなくなると仁愛や正義がもてはやされる」「民衆が飢えに苦しむのは、支配者が税金を取りすぎるからで、そのために民衆が飢えるようになる」という深い文明的再考、批判意識および批判精神を持っていることです。
個人の修養や社会生活から善政、庶民から学者や君主に至るまで、『老子』に内在する哲学、知恵、思考および価値観は、世界の哲学と思想において独特でかつ深遠なものであります。『老子』は人類の偉大な古典の一つであり、その内容は人類の偉大な思想の一つといえるでしょう。
中新社記者:老子の軍事思想が人道主義的であるのはなぜでしょう。
王中江:歴史的には『老子』を「兵法書」とみなす人がいますが、それはやや誇張された表現です。ただし、『老子』のいくつかの章には軍事的な事柄や兵を用いる方法について述べられています。
老子は、基本的に平和主義者であり、反戦主義者です。「そもそも立派な武器は不吉な道具であり、人々はみなそれを嫌い、道を身につけた人はそれを使わない」と説き、さらに「道に従って主君の補佐をする者は、武力で天下を脅かしてはならない」と説いています。
不当な戦争が起こったときの対処のしかたについて、老子は自衛を提唱しています。やむをえない戦争の利用や勝利への道を論じているのは、この意味においてであります。「戦いに奇策を用いる」「武力は目的を達するために使い、目的を果たしたらそれで終わり」しかし、戦争を拡大してはならないし、好戦的であってもならない、淡々としていなければならない。「目的を果たしてもうぬぼれてはならない、目的を果たしても誇ってはならない、目的を果たしてもおごり高ぶってはならない、目的を果たしてもやむをえずやったことであることを忘れてはならない、目的を果たしても威勢を張ってはならない」と述べています。
老子によると、戦争は喜ぶべきことではなく、勝利と同時に「軍隊が駐屯した場所にいばらが生え農地が荒れ果て、大きな戦争のあとには必ず凶作になる」というような悪い結果が待っているのです。勝利には苦痛も伴い「戦いで勝利したとしても喜んではいけない」「勝利を美化することは、人を殺すことを楽しむこととなる。そもそも人を殺すことを楽しむ者は天下統一の志をかなえられない」 「戦いに勝利したとしても葬礼の礼節をもって対処しなければならない」これは、高度な人道主義を表しています。
中新社記者:老子は大国と小国の関係をどのように見ていたのでしょうか。
王中江:春秋時代から西周が解体崩壊していき、諸侯が台頭してきました。新しい世界の体制と新しい秩序を再構築するために、老子は大国と小国の間には平和的な関係がなければならないという重要な原則を提起しました。
『老子』では「大国とは大河の下流であり、天下の万物が集まるところであり、天下のすべてを受け入れる雌である。雌は静かにじっとしたままで雄に勝つ。それは静けさを保ちながら雄にへりくだっているからである。従って、大国も小国にへりくだれば小国の帰服を得て、小国が大国にへりくだれば大国の保護が得られる。ゆえに、ある国家はへりくだって帰服を得て、ある国家はへりくだって保護を得ることになる。大国は小国の人を養おうとしているにすぎず、小国は大国に仕えたいと思っているだけにすぎない。両者が望みをかなえるには、まず大国が小国にへりくだらなければならない」と説いています。この原則は大局的に見れば老子の「柔弱謙下」の思想を国家間関係の分野に応用したものです。
一般的には、大国は強い立場で、小国は弱い立場にあるといわれています。特に大国の間にある小国は、生存が厳しい立場にあります。老子は、大国は甘んじて従属し、まず小国を尊重し愛護すべきであり、小国も大国を丁寧に遇して、より謙虚であるべきであると提唱しています。
現代の国際秩序からみれば、老子は強権主義や覇権主義に反対しています。しかし、世界には自ら大国を敵にまわすような小国もあり、老子はそのような軽挙妄動に反対するはずです。
中新社記者:現代において、老子の思想および『老子』の東洋の知恵をどのように広めていけばいいでしょうか。
王中江:いかなる思想、哲学、知恵も普遍性と特殊性の統一体です。老子の思想は春秋時代末期、西周が東周へと変わっていく過程で生まれたものですが、世界文化における普遍的な意義ももっています。
老子の哲学は儒教などとも異なり、またギリシャ哲学とも異なり、明確な独自性を持っています。しかし、老子の知恵は、普遍的な価値を持ち、融和主義哲学と包摂主義哲学に属するもので、母性や生命の象徴である「月神」を表しています。
老子の唱える「天の道は万物に利を与えて害を与えることはない、他人と争うことはない」「最上の善は水のようである」などの理念は、個人の修養から人類の文明に到るまで、人間が喜びも悲しみも分かち合い運命を共にする今日の運命共同体を築く上で、世界的に大きな価値があります。
同時に、老子文化に対する正確な理解と解釈、および現代社会の問題や欠陥にたいする正確な診断と考察に基づき、老子の知恵、世界観、考え方、価値観などをさまざまな方法で普及させることで、老子文化を問題解決や弊害の克服に役立てることができます。
それから、老子文化の普及はさまざまなレベルに分け、さまざまな対象とニーズに対して、さまざまなアプローチによって、「知的な芸術作品」を提供する必要があります。
さらに、老子の知恵と哲学をより広く伝えるために、ドキュメンタリーや映画などの老子文化に関するより優れた映像作品を作らなければなりません。(翻訳:李年古)
王中江氏プロフィール
中国河南大学黄河文明共同革新センター特別招聘兼任教授、北京大学哲学系教授、博士課程指導教官、教育部長江学者特別招聘教授、北京大学高等人文研究院執行院長、鄭州大学哲学学院院長、中国孔子学会会長、老子学研究会会長を務める。近著には『簡帛文明と古代思想世界』『儒教の精神道と社会的役割』『道教教義の概念史研究』『根源・制度・秩序―老子から黄老まで』『自然と人間―近代中国における二つの概念の系譜の探究』など。編著には『中国哲学の最前線双書』『出土文献と早期中国思想の新認識論双書』『新哲学』『中国儒教』(共編著)、『老子学研究』など。