江南文化の再構築②

伝統と革新

 2011年、卒業を間近に控えていた大学4年生のさん(男性)は、金融系企業からのオファーとイギリスの大学の合格通知の両方を受け取っていたにもかかわらず、周囲を驚かせる決断をした。故郷の蘇州に戻り、母親の刺繍技能を継承することにしたのである。

 母親のさんは蘇州刺繡という無形文化遺産の代表的な継承者であり、蘇州の一世代前の手工芸職人のなかでも最も昔気質の職人だ。蘇州刺繍の重要な発祥地である鎮湖の生まれで、幼いときから紡織機の傍らで育ち、やがて国営刺繍工場で働くようになった。国営企業の改革を機に、薛金娣さんは刺繍技術の高い女工たちを引き連れて自宅の工房で受注生産をおこなっている。作品はロシアやアメリカに販売され、通常、生地一面に描かれた牡丹の図案のように、ふんだんに刺繍を施し、ステッチが複雑になればなるほど顧客から好評である。

 徐々に一人前になってきた張雪さんは、間もなく母親との考え方の違いに気づいた。1980年代生まれの張雪さんは古代の詩歌や山水画の影響を受け、ミニマルで余白のあるスタイルを好む。一方、母親の薛さんは、刺繍は手工芸の技能を反映させるべきで、余白が多すぎるのは顧客に受け入れられるだろうかと首をかしげている。

 実は、これは江南文化が現代に継承されるなかで直面している核心的な問題である。昆曲や刺繍といった無形文化遺産は、江南文化の最高の美学をある程度表している。この美学が時代の発展によって変わってもよいのだろうか。現代の市場のニーズに迎合する必要があるだろうか。

 昆山当代昆劇院共産党支部書記の氏も同じ問題に気づいていた。中国で8番目の昆劇院として、設立当初に「当代昆劇院」と命名されたのは、伝統に立脚しつつ現代に目を向けるという意味が込められている。しかし、繊細で優美な昆曲と現代人との結合はやはり難問に直面した。

 1つは言葉〔せりふや歌詞〕であり、昆曲の言葉は厳格な曲調の形式を踏襲しているため、言語環境がすでに変化した現在では、観客は直接聞いても字幕を見ても理解できないという問題が存在する。なかには、英語の字幕のほうが原文の字幕よりも理解しやすいと言う若い観客までいる。もう1つは昆曲が誇りとする「水磨調」である。転がるように滑らかで悠々と響き渡り、石臼で米を挽くようにゆったりとした節回しで、この水磨調が世に出るや、たちどころに明代の演劇ファンに熱烈に支持された。だが、生活リズムが速い現代では、観客が映画を1本見るのにかけられる時間はわずか2時間しかなく、ゆっくりとしたテンポの昆曲はどうすれば観客をつなぎ留めることができ、限られた上演時間のなかで水磨調を残したうえで、物語を生き生きと筋が通ったものにできるのだろうか。

 蘇州市文化広電観光局無形文化遺産工芸美術処の処長は、無形文化遺産という概念の出現がやや遅かったので、学科の設立が立ち遅れて多くの理論が確立されておらず、まだ模索している段階だと説明する。無形文化遺産は初めからずっと変わらないものであるべきで、師匠が伝えるものは何であれ、弟子はことごとく受け継いで伝えていかなければならないと考える専門家もいる。もちろん、無形文化遺産は古代から現在まで受け継がれ、もはや誕生した当初の姿ではなくなり、発展と変化を遂げてきたとより多くの人が考えている。現代からさらに後世へ継承するなかで、核心部分には背かないという前提で改善し、現代人の美的ニーズにより合致させることも認めるべきである。

 蘇州では、「継承しつつ革新」が一段と主流の方法になっているが、当然、革新には周到かつ慎重な検討を要する。昆山当代昆劇院は設立から6年で、40幕の古典昆曲の折子戯〔演目の中から独立して上演される一幕〕が受け継がれ、これらを元にして5本の新しい演目につくり変えた。現代を題材にした新演目では、現代語を組み合わせたせりふの創作を試み、観客からは、今回は字幕を見なくても聞き取ることができたという反響が寄せられた。昆山市文化体育広電観光局の副局長は「昆劇院は若者の劇場離れを食い止め、昆曲の美意識を『幼いころから養う』ことを望んでおり、数年後にはこうした若者たちが昆曲の忠実なファンとなり、昆曲の継承に大いに役立つでしょう」と述べた。

 張雪さんの「革新」も認められ、ミニマル風の刺繍を堅持して独自のスタイルを確固たるものとし、専門家や市場の注目を集めている。その作品の1つは、細長い小机に置かれた香炉と線香からゆらゆらと立ち昇る煙が四方に広がり「佛」の文字を浮かび上がらせている様子だけを刺繍したものだ。第8回江蘇省芸術博覧会の銀針杯刺繍作品コンテストで、この作品は金賞を受賞し、自由で、奥深く、あか抜けていて、秀逸であり、その境地が余白のなかに体現されていると評価された。その後、この独特なスタイルの刺繍継承者の元にネットイースゲームズ、映画『名探偵ピカチュウ』、テンセントQQショーなどから続々と異業種コラボレーションのオファーが来ている。

 李紅処長は、すべての革新は市場を志向し、市場は「足による投票〔自分の好みを行動で表すこと〕」で答えを出すだろうとみている。一方、瞿琪霞書記は、答えが十分に明確にならないうちは、誰もが慎重に論証し、考えながら実践していると指摘する。この慎重さは、世界遺産に登録されている有名な拙政園の市場志向の試みによりはっきり表れている。

 2020年11月、拙政園は総面積72ムー〔1ムーは約666・7㎡〕のうち12ムーを開放し、光投影技術〔プロジェクションマッピングなど〕を駆使したナイトツアープログラム「拙政問雅」を制作した。これは、昼間の観光とはまるで違う体験で、園林の不思議な夜といった感じに近い。広間に飾られている山水画が現実のようになり、水が山あいをさらさらと流れ落ち、道端の低い斜面に目を遣ると、3匹の鹿が広々とした中庭を気の向くままに歩いている。聴雨軒〔雨音を楽しむための窓に囲まれた小屋〕の外の芭蕉の葉が風に揺れ、マイク付きヘッドホンから風と雨と雷の音が聞こえてくると、その瞬間に観光客は拙政園を我が物としているかのように、芭蕉の葉をたたく雨音にゆったりと耳を傾ける。

 「拙政問雅」は息をのむような美しさで披露されたが、蘇州園林博物館の館長は、拙政園はナイトツアープログラムの論証に1年も費やしたと明かした。園林は脆弱な生命体であり、年中無休の状態で毎日さらに数時間のナイトツアーが加わった場合、園林の自己修復能力は十分機能するだろうか。2020年5月、拙政園はまず閉園時間を1時間半繰り下げて影響を観察することにした。5カ月後、十分な評価を経てナイトツアープログラム「拙政問雅」がようやく正式に公開された。あずまやなどの建物や名木・古木を傷めないために、ナイトツアーに使用する投影装置はすべて取り外し可能なものとなっている。5時半に閉園すると作業員が大至急装置を設置し、ナイトツアー終了後に再びすべてを跡形もなく撤去して倉庫に収納するのである。

江南から世界へ

 上海の国家展覧コンベンションセンター〔NECC〕は建物総面積150万㎡超の巨大な「四葉のクローバー」をかたどった施設で、そのうちの1200㎡が蘇州市に割り当てられている。2021年5月、「蘇作館」が同センター内にオープンし、蘇州刺繍、緙絲、核彫〔果物の種に彫刻を施したもの〕、明清朝様式の家具など12分野の蘇州製工芸品が展示された。

 蘇州市が江南文化ブランドを全面的に展開するには、海外進出は不可欠なステップだ。蘇州文化観光集団文化発展有限公司の総経理は、蘇作館の位置づけは非常に明確であり、国内外に向けて蘇州の伝統工芸品や製品を集中的に展示販売するブランド旗艦店だと説明する。

 ここにも蘇州が「江南文化」を再構築するために直面しなければならないもう1つの核心的な問題が現れている。蘇州市が対外的に紹介している、小さな石橋と水路、白塗りの壁と青黒い瓦屋根、昆曲と園林、蘇州の伝統工芸品と製品の繊細さと優美さに加えて、「江南文化」の構成要素をさらに充実させることは可能だろうか。今日まで発展するなかで、「江南文化」は現代的な表現を身につけただろうか。

 GDPが2兆元を超える大都市であるにもかかわらず、これまで蘇州市の文化産業の発展にはいくらか弱点が存在していた。蘇州市文化広電観光局は、蘇州市の文化産業には「大きいが強くない」という特徴があると指摘する。例えば、文化産業は付加価値が高いがGDPに占める割合は低く、文化商品に関わる製造業の貢献率は高いが文化芸術関連サービス業の割合は低い。また、文化産業の事業者数は多いが全国的に影響力を持つ企業やブランドは少なく、文化産業の従事者は多いがハイレベルな文化的人材は少ない。

 それゆえ、蘇州市はこれらの弱点を補うために多方面で尽力している。財政資金が逼迫しているなかで、第14次五カ年計画期間〔2021~2025年〕に市全体の各レベルの財政計画で計上する文化産業特別支援資金の規模を第13次五カ年計画期間〔2016~2020年〕の年間1億5000万元から3億元に倍増する。

 蘇州市は江南文化の遺伝子をうまく活用する方法を模索し、より多くの江南文化の構成要素を製品に付加し、文化資源の利点を産業発展の利点に転換するよう努力しつつ、その一方で、江南文化の現代性の足掛かりや突破口も探している。蘇州新時代グループ董事長で共産党グループ書記の氏はこう話す。「新型コロナ流行前に蘇州市は年間延べ1億3000万人の観光客を受け入れていました。蘇州に来た観光客は、旧市街地や園林を訪れ、昆曲や評弾を鑑賞する以外に何かできないでしょうか。これは早急に解決すべき蘇州の課題です」 

 「江南文化」が現代化してしまったら、ガラリと変わってしまうのか、それでも純粋に江南と言えるのか、という困惑の声もあがっている。蘇州の歴史をみると、「江南文化」には驚くべき生命力があり、過度の浸食や変化を心配する必要はないと王堯主任は述べ、こう続けた。「江南文化は自信を持ち、大いに他の文化を受け入れるべきです。都市が十分に現代化し、さらには国際化したとき、1つの文化が導き手となって、混じり合った多様な文化を持つようになります」

 王堯主任の見解では、ましてや、その他の多くの都市および都市の文化とは異なり、蘇州の「江南文化」はすでに世俗的な生活と緊密に融合している。それは平凡な日々を包み込む詩情であり、舞台・書画・蘇州製品・文学の間を縫って流れ、あらゆる世代に満ちあふれている。蘇州を訪れるどの観光客も街の至るところで昔ながらの蘇州の味わいを見つけることができ、また、蘇州が打ち明けたいと思っている新しい物語も読み取ることができるのである。

『中国新聞週刊』記者/徐天 翻訳/吉田祥子

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