「香港科技大学2.0」、世界の高等教育パラダイム改革に向けた試み

 香港科技大学(広州)は、粤港澳大湾区の地理的な中心地である広州南沙に今年9月に正式に開校する。香港科技大学(広州)は、その教育モデルの改革に注目が集まっている。

 香港科技大学(広州)の学長に就任する倪明選氏はかつて、香港にある香港科学技術大学(以下、香港校)と広州南沙に位置する香港科学技術大学(広州)(以下、広州校)が「香港科技大学2.0」を共同で実施すると表明している。「香港科技大学2.0」は香港科技大学の戦略的発展の重要な一歩となり、意義は決して大学だけにとどまらない。

倪明選氏

 「香港科技大学2.0」は世界の高等教育パラダイム改革に向けた新たな道筋をどのようにつけるのか。教育・教学モデルに関してどのような新たな試みがあるのか。これらの質問について倪明選学長が中国新聞社の「東西問」のインタビューに応じた。

 インタビューの要約は以下の通り:

 中国新聞社:「香港科技大学2.0」とは何か?広州校と香港校はどのような交流があるのか?

 倪明選:「香港科技大学2.0」を理解するには、まず香港校と広州校の関係を理解する必要がある。両校はともに「香港科技大学」という看板を使用しているが、実際には「本校と分校」の関係ではなく、完全に対等で「相互一体、相互補完」の関係にある。学生はオンラインまたはオフラインで、双方の授業を履修することができ、取得した単位は双方で認められる。両校が開設する学部は重複せず、香港校は従来からの伝統学科を中心に、広州校は単一学科でなく融合した形の学科を中心にしている。

 香港校と広州校は平等な関係であることを前提に、科学研究面で緊密に協力し、両校の指導教官が大学院生を共同指導したり、重大プロジェクトを共同申請したり、大型実験設備(「中央研究施設、Central Research Facility」)を共有したりすることができる。

 世界的にみて粤港澳大湾区は地理的、気候、人材など各種条件が揃っており、「香港科技大学2.0」による高等教育パラダイム改革の推進、イノベーション人材の育成に絶好の土壌、環境を提供できる地だ。「香港科技大学2.0」は未来に向けて、科学技術産業、社会の進化に適応する先端人材を育成し、創造的な思考・イノベーション力・新たな知識を応用する能力を備えたリーダー的人材を育成する。粤港澳大湾区において知識の応用・イノベーションを推進し、新科学技術で新興産業を興し、真に「イノベーション主導型の発展」をけん引する役割を担うだろう。

香港科技大学(広州)キャンパス完成予想図=香港科技大学(広州)(準備中)提供

 中国新聞社:「香港科技大学2.0」は世界の高等教育のパラダイム改革にどう貢献できるのか?

 倪明選:ハイレベルなイノベーション人材の育成を目標に、「香港科技大学2.0」は学部間の壁を取り払い、協力を強調している。広州校は香港校の伝統的な学科を基礎に、各専門の垣根を超えた学部や新興学部、先端学部をつくりあげていく。

 また、「香港科技大学2.0」は教育改革を推し進め、学部の垣根を超えた「クロスメジャー」を採用し、教師の教学方法の変革を試みる。その一つが地域、学科、業界、学術の垣根を超えた「ダブル指導教官」制の採用だ。「ダブル指導教官」制は、2人の指導教官がそれぞれ異なる領域を専門とする。例えば、精密医療では1人はデータサイエンス、もう1人はライフサイエンスの専門とすることで、より良いものが生み出せる。

 こうした斬新なコンセプトは、提唱以来、世界的に注目されている。特に「香港科技大学2.0」の「相互一体、相互補完」モデルは、欧米の大学の分校モデル(カリフォルニア大学のモデルなど)と異なるため、世界の教育学者が興味を持って見守っている。「香港科技大学2.0」の試みが成功すれば、世界の高等教育学界において新たなパラダイムを構築し、世界の一流大学の研究、参考、模範になると考えられる。

香港科技大学(広州)キャンパス完成予想図=香港科技大学(広州)(準備中)提供

 中国新聞社:学部を超えた「クロスメジャー」モデルはどう理解しているか?「香港科技大学2.0」はこの面でどのような試みを行うのか?

 倪明選:「クロスメジャー」モデルはここ十数年ほどで人気が出てきたが、実際のところ西洋で成功した事例はそれほど多くない。これまで「クロスメジャー」の試みが期待ほどの効果を得られなかったのはなぜか。「クロスメジャー」は、単一の学部では解決できない問題を異なる分野の学者が協力して解決することだが、いったん協力すると、次はどの学部が主導権を握るかという、大きな矛盾が生じてくるためだ。例えば、精密医療には医学部とコンピュータ関連の学部の協力が必要で、コンピュータ関連の学部は人工知能(AI)関連で貢献できるが、人工知能が単なる補助ツールとして機能にすぎないことをコンピュータ関連分野の学者は望まない。こうした主導権問題は解决が難しい。

 「香港科技大学2.0」の「相互補完」の仕組みは、広州校の「クロスメジャー」の試みを成功させる自信の重要な要素である。香港校と広州校が開設する学部は重複せず、香港校は伝統的な学部の研究で優位性を発揮し、広州校は融合分野の研究に重点を置く。両校を異なる位置づけにして、相互補完を築くことで、うまく協力関係を構築できるだろう。また、香港校と広州校は独立した財務システム、インセンティブシステムを持つことで科学研究の利益相反を減らし、科学研究協力の積極性を奨励し、双方の効果的な協力を促すことになる。

 特に注目されるのは、広州校ではさまざまな分野の業界をリードする人材を「兼任教授」として招くことだ。業界最先端の情報や実践経験を学生に伝え、学生を業界第一線の研究プロジェクトや重大プロジェクトに触れさせることで学生の視野を広げ、インターンシップや就職、起業に多くの機会を提供する。

 中国新聞社:「クロスメジャー」モデルのほかに、西側の大学にはどのような参考になる経験があり、広州校はどのような革新を起こすだろうか?

 倪明選:広州校は西洋の高等教育での教学面での成功経験を参考に、学生に「問題解决能力」だけでなく「問題発見能力」、そしてそれが「良い問題」になるようなイノベーション力を育てていきたいと考えている。

 広州校は、学生の研究分野の選択の自由を尊重し、自分が本当に興味のある方向や課題を探求するための十分な環境を与える。多くの大学では、学生が興味のある研究をするために専門を変える場合、プログラムが硬直化しているために行き詰まることが多い。学生は本土の大学の大学院生で、受験申請の時に研究方向を決めなければならない。ただ、入学後に指導教官の研究の方向性や課題が学生の研究の方向性や課題を大きく左右することが往々にしてある。広州校では、学生に選択を委ね、学生は入学前に興味のある分野を決めるが、その後入学して1年後、その分野や教授の研究テーマについて理解した段階で、学生が専攻、指導教官、課題の選択を行えるようにする。

 次に、広州校は修士のイノベーション力を重点的に育成し、知識背景の理解ー選択テーマの提出ー選択テーマの検証ーーという段階的な方法で育成していく。最後に、広州校は学生の「手を動かす力」の育成にも力を入れる。マサチューセッツ工科大学など世界のトップレベルの大学のモデルを参考に、学生に場所、設備、機材、トレーニング、指導を提供し、学生に「ものをつくる」こと、そして自分の研究成果と解決策を紙の上から現実世界に落とし込むことを求める。また学生にプレゼンテーションで自分の作品を紹介し、説明してもらう。こうした能力の育成は、学生の将来の起業、就職に役立つだろう。

香港科技大学(広州)キャンパス完成予想図=香港科技大学(広州)(準備中)提供

 中国新聞社:広州校は粤港澳大湾区の地理的な中心地に位置し、地理的優位性がある。「香港科技大学2.0」は大湾区の高等教育の計画、発展と如何に融合させるのか?

 倪明選:広州校は大湾区建設の大きなチャンスを活用できる。香港科技大学は開校30数年以来、教育、科学研究、応用などの面で多くの成果を収めたが、その発展は香港校のキャンパスにとどまり、学部の枠を超えた研究などでの試みは様々なリソースの成約を受けている。広州校の設立は大学自身にとっても非常に意義がある。

 「香港科技大学2.0」には大きな期待を寄せている。ずっとやりたいと思っていたが、やる機会がなかったが、大湾構想の下、大湾区さらには国全体の発展のためにハイレベルなイノベーション型人材を育成し、高度で先端的な科学研究分野、特にボトルネックとなっている科学技術の難関突破に貢献できると考えられる。「香港科技大学2.0」は決して新しく傑出した大学にとどまらず、中国、さらには世界のハイエンド人材育成の新しいモデルを生み出し、模範例を提供していくであろう。 

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