華流の繋ぎ手-中国語字幕 翻訳家の見る中国ドラマ・映画とは?【中国語字幕翻訳家・水野衛子氏インタビュー】
『活きる』『初恋のきた道』『妻への家路』など数多くのチャン・イーモウ監督作品をはじめ、最近では『THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~』や『薬の神じゃない!』、『白蛇:縁起』といった話題作を翻訳されている字幕翻訳家の水野衛子先生。監督との交流や中国映画・ドラマ、字幕についてたっぷりお話をうかがった。
Q.先生はチャン・イーモウ監督の作品をたくさん訳されていますが、監督との出会いはいつだったのでしょうか。
『あの子を探して』のプロモーションで来日した監督の通訳をしたのが最初ですね。その後も何作か、プロモーションで通訳をしました。『初恋がきた道』でも通訳したので、どちらが好きかと聞かれて「初恋からはもう遠いので『あの子を探して』ですね」と答えました。
Q.チャン・イーモウ監督との交流で思い出深いことはありますか。
空き時間によく買い物に付き合い、渋谷で老眼鏡を買いたいという監督に付き添ってメガネ屋に入ったら、「ご主人のですか、奥様のですか」と夫婦に間違われ、老眼鏡が似合う年に見えたのかと私はムッとし、監督も心外そうにしていたのを覚えています。 また、あるときは監督が渋谷109で当時大流行していたサイズ36の厚底ブーツを買ったので、てっきり女優のチャン・ツィイー(章子怡)へのプレゼントかと思い、その半年後に『グリーン・デスティニー』のプロモーションで来日した彼女に聞いたら「私は37よ」と言いました。のちに、チャン・イーモウ監督は結婚して子供が3人いたことが分かったので、奥さんに買っていたのだと知りました。
Q.俳優であり監督でもあるジャン・ウェン(姜文)さんとも交流があるそうですね。
中井貴一さんの通訳で『ヘブン・アンド・アース 天地英雄』で半年ご一緒したのがきっかけです。ジャン・ウェンの娘と私の息子が同い年で、北京での撮影には息子も来ていて、中井さんの出番の時は後に結婚するチョウ・ユン(周韵)と息子を見ていてくれました。二人は結婚したらうちの息子のような男の子が欲しいと言っていました。 その後は私が北京に行くたび、あるいは二人が日本に来るたび、家族ぐるみで会うようになりました。息子と彼らの二人の息子はポケモン好きで、一緒にスカイツリーのポケモンセンターに行ったこともあります。
Q.長きにわたり字幕翻訳をされていらっしゃる先生からご覧になって、最近の中国映画はいかがでしょうか?
最近はネットに押されてそもそも劇場公開される中国映画が減っていますね。ここ数年で私が翻訳したのは白雪監督の 『THECROSSING〜香港と大陸をまたぐ少女〜』(深圳と香港を越境通学する女子高生の話)文牧野監督の『薬の神様じゃない!』(中国で実際にあったジェネリック薬の密輸販売事件を元にした映画)アニメ『白蛇:縁起』ですが、3本とも素晴らしい作品です。私が翻訳はしていませんが、チャン・イーモウ監督作品では最近『ワン・セカンド』と『崖上のスパイ』が公開されましたよね。
Q.今挙げていただいた作品以外で先生のオススメ作品はありますか?
挙げた3作品以外では、中国で初めて校内のいじめを描いた『少年の君』も素晴らしいです。俳優がいい。また『ハーフ・オブ・イット』はアメリカンチャイニーズの話ですが、中国語もでてきます。台湾系アメリカ人監督のアリス・ウーが素晴らしい。白人ばかりの地域で中国系でありレズビアンであるという二重のマイノリティーで居場所がない主人公の話です。アメリカでも評判はよかったようですよ。同じアリス・ウーの作品では『素顔の私を見つめて』もオススメです。こちらはほとんど中国語です。アメリカンチャイニーズといえば『フェアウェル』もいいですね。日本ではあまり話題にならなかったですが、『中国の植物学者』も『中国の小さなお針子』の監督で、私は監督の通訳をしたのですが70年代に実際に中国であったレズビアンの話で、中国での撮影が許されずベトナムで撮影したそうです。悲惨なお話ではありますが女性がきれいです。
Q.近年、俳優から中国ドラマを好きになり、中国語を学んだり留学する若者も現れています。華流の魅力はどこにあると思われますか?
ひとつは昔と違ってきれいな男の子が増えていることが大きいと思う。昔は中国の俳優は演技はうまいけれど決して美男ではなかった。最近はみんな美男なのでそれが受け入れやすいのではないでしょうかね。あとは衣装の美しさ。だから若い子だけでなく、年配の女性も見ていますよ。昔韓流を見ていた方が、中国の時代劇を好きでよく見ています。私のまわりにも多いですよ。彼女たちはネットは見ておらず、テレビのBS・CSで多く放映するようになったことで見るようになったと思います。昔はBSなどでも中国の作品はほとんどなかったですからね。
Q.特にドラマは歴史・宮廷・ファンタジー史劇などが多数を占めていますが、それはなぜでしょうか。また特有の字幕翻訳の難しさはありますか。
陰謀うずまく宮廷ドラマ、鍛錬や武功などの武侠モノ、神仙などのファンタジー、本当に時代劇が多数を占めますね。日本にないからこそ魅力というのはあるでしょうね。私が翻訳したことがあるのは『射鵰英雄伝』という作品ですが、まじめな歴史モノの場合、たとえば「僕」や「君」は使わないと思うんですよね。それは近代以降の言葉なので、やはり「拙者」や「そこもと」などになりますね。ただ、最近非常に増えているファンタジー時代劇なら使ってもよい気がするし、実際使っています。ファンタジーの場合は逆に普通の会話のほうがしっくりくるのですね。
Q.映画・ドラマにおける他のジャンル、現代ドラマやミステリー・サスペンス、SFなどはこれから伸びていくと思われますか?
中国はいま、制約があり映画制作はあまり自由に撮れないので、大変でしょうね。ただ、そのような中でも劉慈欣著『三体』のおかげでSFは確実にのびると思いますね。またミステリーやサスペンスも増えています。ドラマでは『バーニング・アイス』や『ミステリーin上海 missSの探偵ファイル』は面白いですよ。映画ではいま若い監督が活躍しているでしょう。『流転の地球』の郭帆監督も若い。個人的には『薬の神様じゃない!』の文牧野監督に期待しています。
Q.現代ドラマといえば最近の映画やドラマをご覧になって、現代の中国人の価値観が変わったなと感じることはありますか?
本当に変わりましたよね。『三十而己』なんか見ると今の中国人は生活のプレッシャーが強くて大変だなと思います。結婚せずに頑張ってる女性、お金があっても生活水準を維持するために働いているイメージがあります。北京などでは女性が高学歴で相手への要求も高いですよね。だから今の30代は結婚難。これは日本がたどってきた道です。昔よりも日本と中国の距離が近くなってきた。ただ日本もこれからは女性が自立のためというより生活のために働く、余裕がないから働くという時代になってくるのではないでしょうか。
Q.最近の中国映画では戦争ものから現代ものが増えていると思いますが、日本や日本人役の位置づけには何か変化がありますでしょうか?
まずは日本人の役を日本人にやらせるようになったこと。昔は日本兵役が多かったですが、中国人が演じることも多かった。今は中国語を使える日本人俳優に両方の台詞を言わせるのでリアリティーがある。必ずしも日本で有名ではないですが、よい俳優が出てきていると思います。松嶺莉璃さんは友人ですが、中央戯劇学院に6年もいたし、舞台劇にも中国人の役で出ているので、これはすごいことです。普通あることではない。そういう人が増えているのはよいことですね。
Q.中国の映画やドラマ作品で日本に紹介してほしい作品はありますか?
『山海情』はすばらしい作品でした。黄軒(ホアン・シュエン)が主役で有名な俳優がたくさん出ていますが、農民にあまりにリアルに扮してて初めは分からないんです。しかも方言が強くて私も字幕がないと分からなかったくらい。寧夏回族自治区の貧困を解消するために作る村の話です。『大江大河』も70年代から90年代にまたがる話で、主人公は文革の時に家庭の理由で大学を受けられなかったのだけど懸命に勉強して何とか大学に入り、卒業後は化学工場に勤めてどんどん出世していく。中国が貧しかった頃から今に至るまでどのような道をたどってきたか、中国人がどう生きてきたかが分かって感動します。
Q.中国ドラマ放映が増えるに伴い、字幕翻訳の仕事も増えていくと思いますが、字幕翻訳家にとって最も大切なことは何だと思われますか。
字幕翻訳家にとって大切なことは、とにかく日本語力。語彙の引き出しをたくさん持ち、様々な年齢や社会的立場にある人の話し言葉を表現できることですね。
和華38号より抜粋。
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