米国の中国学者ロバート・ヘーゲル 西洋世界は中国古典小説をどう読むか

中新社記者沙晗汀による独占インタビューを受けた米国セントルイス・ワシントン大学ロバート・ヘーゲル終身教授。

中国文学が西洋の世界に入ったとき、西洋人は中国の古典小説をどのように見ていたのか。文学は東洋と西洋の文化交流をどのように促進できるのか。米国のセントルイス・ワシントン大学の終身教授で、東アジア学科の元学科長の著名な中国研究家であるロバート・ヘーゲル(Robert Hegel)氏が、このほど中新社の「東西問」の独占インタビューに応じ、中国文学との60年にわたる関わりを振り返るとともに、西洋世界における中国文学研究の発展と影響について語った。

 

インタビューの概要は以下のとおり

中新社記者:中国古典文学研究の道を歩み始めたきっかけは何ですか。明・清代の小説の一番の魅力は何ですか。中国文学で一番好きな作品は何ですか。

ヘーゲル:大学時代、最初はロケットエンジニアになりたかったのですが、すぐに向いていないことが分かりました。外国語がとても好きだったので、外国語を学んでみようと思いました。当時、中国語のことは何も知らなかったのですが、中国の書道に惹かれて、さらに、世界の人口の多くの人々が中国語と中国文化を使用していることを知り、挑戦することにしたのです。

ミシガン州立大学でまず中国語を勉強し、それから中国文学を読み始め、魯迅や老舎の作品に魅了されました。今からちょうど60年前の1963年のことでした。そして偶然、古典文学に触れ、中国の古典を読むことにワクワクしました。これこそが自分のやりたいことだと実感し、それからは中国古典文学を学ぶ道を歩み始めたのです。

 

北京の首都劇場で行われた北京人民芸術劇院による『茶館』の通し稽古。『茶館』は老舎の代表作

北京の首都劇場で行われた北京人民芸術劇院による『茶館』の通し稽古。『茶館』は老舎の代表作

北京の首都劇場で行われた北京人民芸術劇院による『茶館』の通し稽古。『茶館』は老舎の代表作=史春陽撮影

中国の古典小説は非常に魅力的で、何度も読み返す作品もありますが、常に新たな発見があります。中国の小説の「予期せぬ」結末や登場人物の複雑さが好きです。『西遊記』や『三国志演義』など、多くの中国古典小説を楽しんできましたが、一番好きなのは私が英訳した『隋史遺文』です。登場人物の複雑さと物語の構成という点で、この本は非常に優れています。秦叔宝の人物描写がとても気に入っています。

中新社記者:先生の研究対象は明・清代の小説ですが、その時代の中国文学と西洋文学の類似点と相違点は何だと思われますか。

ヘーゲル:テーマという点では、明・清代の西洋文学は中国文学に比べて豊かさや面白さが著しく劣っていました。この時代の西洋文学には哲学的思想が含まれる作品もありますが、多くの叙事詩小説や『ロビンソン クルーソー』などの紀行小説など、個人に焦点を当てたものでしたが、中国文学作品にはすでに非常に広範なテーマと思想が含まれていました。小説芸術は西洋よりも中国で早くに登場したと言っても過言ではありません。明代後期には、序文やさまざまな評論とともに複雑な書評が登場し、すでに深い洞察力を持っていました。同様の書評が西洋文学に登場するのはずっと後になってからです。

『中国古典文学名作-紅楼夢(五)』の特別切手を掲げる中国郵政集団公司河北省新楽市支社のスタッフ。

『中国古典文学名作-紅楼夢(五)』の特別切手を掲げる中国郵政集団公司河北省新楽市支社のスタッフ。

『中国古典文学名作-紅楼夢(五)』の特別切手を掲げる中国郵政集団公司河北省新楽市支社のスタッフ。『紅楼夢』は中国古典小説の最高峰であり、中国封建社会の百科事典とされている。その豊かな含蓄と深遠なリアリティは、今日でも重要な文化的・研究的価値を有している=賈敏杰撮影

中新社記者:『隋史遺文』や『西遊補』など中国古典文学作品の翻訳も数多く手がけていますが、中国古典文学を英訳する際の課題は何だと思いますか。

ヘーゲル:翻訳学の分野では、2つの翻訳方法があります。一つは、読者が容易に理解できるように翻訳を非常に「読みやすい」ものにすることです。もう一つは、翻訳を「外国語」のように読ませながら、文化的背景などについての注釈を増やすことです。最初の翻訳方法には問題があると思います。たとえば、私が初めて読んだ老舎の『駱駝祥子』の英訳版は、翻訳者が西洋の読者に共感してもらえるようにと、ロマンチックな物語に脚色していました。原文を読んで初めて、訳者が老舎の本来の意図を裏切っていることに気づきました。

世界人形劇の日に中国・パキスタン文明と文化遺産を祝うイベントが北京にある中国人形劇芸術劇場で行われ、人形劇『孫悟空〜本物と偽物』のさわりが披露された。

世界人形劇の日に中国・パキスタン文明と文化遺産を祝うイベントが北京にある中国人形劇芸術劇場で行われ、人形劇『孫悟空〜本物と偽物』のさわりが披露された。

世界人形劇の日に中国・パキスタン文明と文化遺産を祝うイベントが北京にある中国人形劇芸術劇場で行われ、人形劇『孫悟空〜本物と偽物』のさわりが披露された。孫悟空のイメージは中国国内だけでなく海外でもよく知られている=賈天勇撮影

私は二つ目の方法を採用しています。私の翻訳には注釈がたくさんあります。たとえば、西洋の読者は、「韓信」がだれであるかはわかりませんし、「井の中の蛙」の特別な意味もわからないので、注釈を追加する必要があります。読者にとって、そのような翻訳は確かに「読みにくい」ものですが、それによって読者は文章を真に理解することができるのです。

中新社記者:中国文学を何十年も教えてこられて、文化の違いから西洋人が中国古典文学を理解するのに障壁があると思いますか。どの中国文学作品が西洋の読者の共感を呼ぶと思いますか。

ヘーゲル:中国文学に触れたことのない西洋人にとっては、文化の違いからくる障壁があり、これが注釈の重要性を示しています。中国の物語を西洋人に見せると、「面白い話だね」という感想が返ってくるのが普通ですが、それだけで、物語を本当に理解しているわけではありません。私の考えでは、優れた翻訳作品を読むには、物語の背景にある文化や考え方を真に理解するために、読者が「予備知識」をもつ必要があります。文学は文化を広める重要な手段であり、その国の文化を理解するためには、その国の文学を読むことが重要なのです。

中国語の知識のない学生に教える場合、私は読解テキストを選択する際に、よりシンプルで中国文化に特化した内容から始めます。たとえば、詩を教える場合、李白から始まり、次に仏教思想をもつ王維、そして最後に国家や社会を憂う杜甫と続きます。

2023春節を祝う『唐詩の共鳴 iSING! Suzhou&フィラデルフィア交響楽団中国新年音楽会』が米国ニューヨークのリンカーンセンターのアリス・タリー・ホールで開催

2023春節を祝う『唐詩の共鳴 iSING! Suzhou&フィラデルフィア交響楽団中国新年音楽会』が米国ニューヨークのリンカーンセンターのアリス・タリー・ホールで開催

2023春節を祝う『唐詩の共鳴 iSING! Suzhou&フィラデルフィア交響楽団中国新年音楽会』が米国ニューヨークのリンカーンセンターのアリス・タリー・ホールで開催された=廖攀撮影

一般の米国人は中国文学についてあまり知りませんが、特定のグループは中国文学についてある程度知識を持っています。米国の読者の間で最も有名な中国の小説は西遊記でしょう。ニューヨークで上演された歌劇『牡丹亭』も多くの観客の共感を呼びました。若い人にとっては、ゲームで『三国志演義』や秦叔宝などを知る人も多いですが、現在ではコンピューターゲームの国際化により、中国文学を理解する西洋人も増えています。

中新社記者:中国文学を研究する西洋の学者と中国の学者の類似点と相違点は何だと思いますか。

ヘーゲル:中国を研究した初期の西洋の学者は中国の学者とは大きく異なっていました。18世紀から19世紀の中国学者は基本的に中国に留学しておらず、通常は現代中国語もわかりませんでした。この時期の西洋の中国学者は中国の学者の研究を参考にすることはなかったはずです。20世紀初頭には、一部の西洋の中国学者は、中国の学者の研究があまりに政治的で信頼性が低いため、参考にする必要はないと考えていました。この時期、中国を研究する西洋の学者と中国の学者の間には明確な境界線がありました。1950年代から1960年代にかけて、私の時代には、中国の学者に対する不条理な発言はもう存在しませんでした。中国研究の分野では、多くの優れた研究成果が中国語で行われていることを認識しています。中国研究の分野に貢献したいのであれば、中国の学者の研究成果を明確に理解する必要があります。個人的には、中国の学者の研究を注意深く読んでいくことです。一般的には、現代の西洋の学者と中国の学者は、中国研究において補完的な役割を果たしています。

ポーランド、スウェーデン、タイ、米国、ポルトガルなどの中国学者らが北京の元大都城垣遺跡公園で陳式太極拳を見学・体験し、中国の伝統文化を体感

ポーランド、スウェーデン、タイ、米国、ポルトガルなどの中国学者らが北京の元大都城垣遺跡公園で陳式太極拳を見学・体験し、中国の伝統文化を体感

ポーランド、スウェーデン、タイ、米国、ポルトガルなどの中国学者らが北京の元大都城垣遺跡公園で陳式太極拳を見学・体験し、中国の伝統文化を体感した=写真提供 ビジュアルチャイナ

中新社記者:中国の伝統文化の中核となる価値観は何だと思いますか。西洋の伝統的な価値観との類似点と相違点は何ですか。

ヘーゲル:中国文化では、家族が中心的な位置を占めており、個人は鎖のつながりの一部であると考えられております。この鎖は祖父母、親、自分、そして子、孫へと続いていきます。伝統的な中国文化においては、このつながりを継続していくことが非常に重要です。さらに、中国人は個人を超えたものの重要性を認識しています。これは宗教的なものであったり、集団的なものであったりします。魯迅の『阿Q正伝』と『狂人日記』は、集団から孤立しているという感覚について描いた作品です。私の考えでは、社会に対する関心は中国の伝統文化のあらゆる部分に存在しており、それは今日でも当てはまります。中国の伝統的な文化は因果応報でもあり、思考、発言、行動にはすべて結果が伴います。因果応報論は、中国の伝統文化、そして今日の中国においても普遍的なものです。そのほか中核的価値観には、配偶者を扶養すること、子どもの教育を重視することなどが含まれます。中国と西洋の文化を比較すると、率直に言って、共通点が独自性を上回り、人間の本質はすべて似ていると思います。文化が異なれば強調するものも異なり、表現方法も異なりますが、実際には私たちは皆人間なのです。

中国河南省周口市で開催された「泥犬製作技能競技大会」の無形文化遺産伝承イベントで、休憩時間に孫に泥犬の絵を教える職人

中国河南省周口市で開催された「泥犬製作技能競技大会」の無形文化遺産伝承イベントで、休憩時間に孫に泥犬の絵を教える職人

中国河南省周口市で開催された「泥犬製作技能競技大会」の無形文化遺産伝承イベントで、休憩時間に孫に泥犬の絵を教える職人=楊正華撮影

中新社記者:ここ数十年、東西の文化・学術交流が頻繁に行われてきましたが、これらの交流はどのような影響を与えたと思いますか。

ヘーゲル:私が初めて中国に行ったのは1976年で、3週間ほど滞在しました。この訪問により、私は中国をより深く理解し、もっと知りたいと思うようになりました。当時の訪問団の中にはのちに中国研究を始めた人もいました。その後、中国への旅行がますます一般的になり、米中間の交流も頻繁になりました。私の考えでは、ほんの数週間の旅行では十分ではなく、それは理解の始まりとしか言えません。観光をきっかけに中国に興味を持ち、もっと知りたいと思う人もいるかもしれません。異文化理解には多大な努力が必要であり、ちょっとした出会いだけでは十分ではありません。米国に留学する中国人学生のように、米国人のことを本当に理解できるようになるまでには7、8年かかるかもしれません。

蘇州大学文学部の米国人学生が中国の伝統的な刺繍技術を学び、伝統的な蘇州刺繍文化の魅力を体験

蘇州大学文学部の米国人学生が中国の伝統的な刺繍技術を学び、伝統的な蘇州刺繍文化の魅力を体験

蘇州大学文学部の米国人学生が中国の伝統的な刺繍技術を学び、伝統的な蘇州刺繍文化の魅力を体験=王建康撮影

異文化間の相互理解を達成することは可能であり、必要であると思いますが、そのプロセスには長い時間と努力が必要です。ある程度の相互理解が達成されて初めて協力が達成されるのです。米中両国間の人的・文化的交流がさらに拡大し、双方が出会うたびに関心を抱き、相互理解が深まり発展することを心から願っています。(完)

2023年6月23日 出典 中国新聞網 ワシントン

 

ロバート・ヘーゲル米国セントルイス・ワシントン大学終身教授プロフィール

1943年、米国ミシガン州生まれ。1973年にコロンビア大学で中国文学博士号を取得し、著名な中国学者夏志清に師事した。1975年からセントルイス・ワシントン大学で教鞭をとり、その後長く同校の東アジア言語文化学科長を務めて2018年に退官した。主な研究対象は中国明・清代の小説で、著書は『17世紀中国長編小説』『明・清代挿絵本小説閲読』、共編著は『中国文学における自己表現』などがあり、学界で大きな影響力を持っています。『隋史遺文』『西遊補』『ヒラメ』など、多くの中国古典文学作品の英訳を手がけている。

 

 

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