かつて13歳で北京大学に入学した天才少女、「研究者としての今」を語る

田暁菲氏は、13歳の時に名門・北京大学が特例入学を認めたことで、「天才少女」として話題になり、その後も学究の道を歩むことになった。最近では陶淵明の研究が注目を集めた。写真は江西省九江市の陶渊明紀念館。 

 1971年に黒竜江省ハルビンで生まれた田暁菲氏は、13歳の時に名門・北京大学が特例入学を認めたことで、「天才少女」として話題になった。日本ではよく「20過ぎたらただの人」と言うが、田氏の場合はそうでなかった。その後も学業と学術研究に励み、才能をさらに開花させた。89年に17歳で北京大学を卒業すると、91年からは米国に留学。98年にはハーバード大学で博士号を取得し、35歳だった2006年には、同大学として過去最年少の35歳で正教授に就任した。

 田氏は中国文学や文学にまつわる文化を研究している。最近では、詩人として高く評価される陶淵明の作品のさまざまな手書き写本に多くの「書き換え」が存在することに着目し、それらを綿密に比較し論考したことが注目を集めた。田氏はこのほど中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、研究や研究対象である文学、学生に対する学問の伝授などについて語った。以下は田教授の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

写真は江西省九江市の陶渊明紀念館

 ■交雑と流動こそが人類に「進化の推進力」をもたらす

 私は文学史や文化史を研究してきた。つまり私の研究対象は歴史学の一部だ。では歴史を研究すると何が分かるのか。

 歴史を研究しても、具体的な問題に対する具体的な答えを得ることはできない。なぜなら、それぞれの具体的な問題は1回限りのことであり、全く同様なことが繰り返されることはないからだ。しかし、いくつかの古い知恵は、現代世界が遭遇する具体的な問題に抽象的な参考を提供することができる。

 例えば「変化に応じる」という概念だ。宇宙の万物は永遠に絶えず働き、変り続けている。変わらなければ行き止まりとなり、行き止まりになれば長く存在することはできない。内と外の境界は人為的に構築され、また絶えず変動している。歴史的に見て、交雑と流動こそが人類の常態であり、進化の基礎でもある。

 ■詩の創作で学術界の論評を気にすることは有害無益

 詩については古体詩は「全ての人の詩」であり、新体詩は「詩人の詩」という見方もあるという。しかし、本当にそうであろうか。新しい詩でも、万人に共感されれば「全ての人の詩」になる。それから私はネットで、義母が病気になり手術を受け、回復して退院したことを表した古体詩を見たこともある。これは「個人が作った個人の心境を表す詩」というべきだ。

 ただし、古い詩と新しい詩を区別して考えることにも、一理はある。文学や文化の現象は、我々の世界と同様に絶えず変動しているからだ。現代の文学や文化現象を研究する者は、思考の鋭敏さと観察の即時性を維持して、絶え間なく発生する変化を観察せねばならない。

 私は詩人である聶紺弩(1903-1986年)を論じた文章で、新体詩は柔軟になり続け、平凡で家庭的な詩になったと論じた。この現象を「俗化」という人もいる。しかし、この変化はよいことなのだ。旧体詩の場合には逆に、ますます大上段に構えるようになる現象が発生した。学術関係者が旧体詩の世界に影響を与えたことも関係した。旧体詩は手足を縛られた状態になり、硬直化してしまった。

 要は詩を作る人に詩才があるかどうか、詩才を持つ人が多いか少ないかだけが問題なのだ。詩才がなければ、新しい詩の形式でも現代の生活をそのまま表現することはできない。詩を書くのは結局は個人に属することだ。好きなように書き、好きなように言葉と形式を用いればよい。いろいろな人が論評するかもしれないが、他人、特に学者の言うことを気にする必要はない。

写真は江西省九江市の陶渊明紀念館

 ■「他民族はわれわれの文学を理解困難」は大きな間違い

 私は教えることが好きだ。学生を愛している。教えにくい学生はいる。しかしそういう学生こそ、教師としての私の成長を助けてくれる。実際に、私は教育を通じて多くのことを学び、悟った。「教えることを通して学ぶ」は虚言ではない。また、教師は私の職業だ。どんな職業であっても、仕事はきちんとせねばならない。私は自分の仕事に誇りを持っている。給料をいただいて「申し訳ない」と思ってしまうようなことをしたことはない。

 私は米国の大学で中国の古典文学を教えている。中国古典文化の代弁者を務めているようなものだ。だから私の状況は、中国国内の中国語学科の同業者が直面する状況とは大きく異なる。また、中国古典文学学は、「花形の学問」とは言えない状況だ。しかしだからこそ、我々はさまざまな意味で、古典文学を現代の人に伝える「翻訳者」の役割りを果たさねばならない。

 私が教える学生は、大学学部学生から大学生まで、中国人または中国系の学生が増えている。私は学生の人種や母語、文化的背景がもっと多様化してほしいと思っている。仮に未来の世界で、中国人だけが中国文学に興味を持つようになったら、それこそ中国文化の最大の悲劇だ。もちろん、研究者であり教師であるわれわれ自身がコントロールできない要素はある。しかし私は中国古典文学の教授として、中国文化を世界のさまざまな人に伝える責任を感じている。

 外国人が中国古典文学を理解することは困難と考えている人もいるが、それは違う。中国人の大学生がホメロスの叙事詩やシェークスピアの戯曲を理解できないことがあるだろうか。中国古典文学は他の言語文化の文学と同様に、歴史文化の特殊性を伴っている。しかしその一方で、普遍的な人間性を反映している。

写真は江西省九江市の陶渊明紀念館

 さまざまな民族が育んできた文学が、他の民族にとって不可解であり、「近寄り難い怪物」であるということは、ありえない。だから自民族の文化を、自らが「不可解であり近寄り難い怪物」と位置付けてはならない。

 あらゆることは交流し、融合することで変化をしていく。変化こそが生命力をもたらす。自分自身の手で交流の門を閉ざしてはならない。

(構成 / 如月隼人)

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