「災害大国」日本に必要な「病院船」=有事の備えにも有効―官民も具体化へ動く

災害発生時の初期段階での問題は被災地域へのアプローチだ。なによりも人命救助と負傷者、病人への対応が優先される。医療機能を海からのアプローチで提供しようというのが政府の「病院船」構想だ。民間で検討される地元密着型の対策にも注目したい。

◆地震、津波、火山噴火、台風に襲われる島国

日本は海に囲まれた島国で、災害大国だ。地震、津波、火山噴火、台風、洪水などなどの自然災害が、国土のいたるところで頻繁にくり返し起こるという世界でも稀有な地に、1億2千万人余の人々が住む。

山が海岸近くまでせまる地勢が多く、災害が発生すればたちまち交通インフラが寸断され、被災地に容易に近づけない、という状況にしばしば陥る。災害対策は、人命の救助という緊急の初期活動のあと、つぎの対応は被災地にとり残された人々のライフラインの確保と維持だ。

負傷者、病人の手当、移送に加え、食料、水、燃料、薬やこれらを搬送する車両など、災害が大規模であればあるほど大量の物資の輸送と供給が必要になる。これと並行して準備されるのが被災者のための社会インフラの提供で、避難所、救急医療施設などが被災地あるいは近傍に設営される。

こうした一連の初期段階の災害対策で、一番の問題は被災現場、被災地域へのアプローチだ。これは災害の種類、規模、被災場所によって条件は千差万別で、状況をみながら陸路、空路あるいは海路が選択される。

1995年の阪神淡路大震災時は、大規模な火災発生などにより初期段階で陸路からのアプローチに手間取っている間、大阪湾の各地から大小の船が神戸港あるいは付近の港にかけつけて、被災者の救助や搬送、被災地への人や物の輸送などで活躍したことはマスコミでも取りあげられた。

一方、2011年の東日本大震災では、大規模な津波発生によって被災地の港湾機能が失われ、船を使ったアプローチは初期段階ではほとんど不可能だったとされる。ただ港の機能が一部でも回復してからは、大量の物資輸送のため各種の船舶が投入されるなど海路の利用が復旧・復興に大きな力を発揮した。

このような状況と経験を踏まえて、これまで見落とされてきた総合的な災害対策の一環として船を活用することがクローズアップされ、官民でさまざまな検討がされてきた経緯がある。

そもそも政府の検討は、1990年湾岸戦争危機を契機に、輸送、医療、宿泊などの機能をもたせた「多目的船舶」保有の論議から始まり、災害への活用も前提に、自衛艦、海上保安庁の新型艦艇にこれらの機能をもたせる(海上自衛隊輸送艦「おおすみ」や保安庁災害対応型巡視船「いず」がこれにあたる)ことで一応の決着がついていた。大震災発生により、さらなる深掘りを促がされた格好だ。

◆「氷川丸」は戦時中「病院船」として活躍

特に注目されたのが、医療機能を備えた「病院船」の建造だ。「病院船」というと、いま横浜港に係留されている「氷川丸」が思い浮かぶが、有事に備える「病院船」は世界の主要国がもっぱら軍で所有し運用しているのが一般的だ。「氷川丸」は旧日本軍が徴用した民間の貨客船で「病院船」としても活躍、奇跡的に戦時を生き抜いた。

政府の「病院船」検討は、こうした有事の「病院船」も念頭に置きながら、フルスペックの「総合型病院船」から災害の段階に応じて必要とされる機能をもたせた病院船まで詳細にわたるもので、2013年報告書として取りまとめられた。しかし結論は、数百億円にのぼる建造・維持費、医療関係者をふくむ多数の要員の確保、平時の活用問題など課題がおおく、政府による建造・保有は見送る内容となった。また船舶を「病院」として運用するにはクリアすべき現行制度上の制約もありそうだ。

一連の政府による検討は「病院船」の建造、保有については現状では否定的な結果となったが、災害発生の初期段階に有効とされる「急性期病院船」機能(救急患者の船陸間の搬送と船上での医療処置)については、民間の船、自衛艦、保安庁の艦艇の活用や、災害医療訓練など平時の活用の方策もふくめて、さらなる検討の余地が残された。

◆「病院船推進法」が成立、具体策検討へ

これを受けて現在、「病院船」構想に賛同する国会議員の働きかけで成立した「病院船推進法」によって、具体的な施策の導入が進行中だ。(独立行政法人が保有する船に機能を持たせることもうたわれている)。2026年に完成予定のJAMSTECの「北極域研究船」を緊急時の災害支援に活用することを政府が決めたのも、こうした動きの一環とみられる。

いずれにせよ、「病院船」構想は、災害大国日本として、あるいは有事の備えとして、今後も議論がつづくテーマであるに違いない。

災害時の船の活用に関する民間の検討としては、阪神淡路大震災時の経験も踏まえて神戸商船大学(現神戸大学)井上欣三教授(当時)が提唱してきた、地元密着型の体制つくりが注目される。往々にして船の活用ということに思いが及ばない、災害想定地域の行政組織を動かして、近隣の船舶運航会社や地元の医療機関を結び付ける。いざという時の船を使った災害対策の実行案を策定し、平時も訓練でブラッシュアップしながら緊急時に備えるというものだ。

これには船を使った災害対策の有効性について、市民や行政の理解が不可欠であり、関係事業者、組織を巻き込んで対策の具体案をつくりあげる強力なリーダーシップと汗かきが必要だ。こうした地道な取り組みについても政府の理解と支援が望まれる。

■筆者プロフィール:山本勝「アジアの窓」顧問

1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。

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