寅年に探る世界のトラの起源――中国科学院古脊椎動物・古代人類研究所 孫博陽氏に聞く

2022年 2月 1日は農暦壬寅の元日、つまり十二支の寅年の最初の日だ。トラという種はどのように地球に生まれたのか? 長い進化の過程で、どんな動物と「愛憎劇」を繰り広げてきたのか? 現存するトラにはどんな種類がある? 現存する個体数はどれくらいなのか? アモイトラやアムールトラの現状は? 中国科学院古脊椎動物・古代人類研究所の若き科学者、孫博陽(スン・ボーヤン )副研究員がインタビューに答えてトラの起源や進化の謎を解説してくれた。

2022年1月31日、お祭り気分にあふれた南京の街角に現れたリアルな「トラ」たち。撮影/中国新聞社・記者 泱波

記者:現在の研究で、世界のトラの起源はどこまで遡れていますか。種の進化の過程で、どんな動物と関係があったのでしょう。

孫博陽:分類学上、トラは哺乳綱・真獣下綱・食肉目・ネコ型亜目・ネコ科・ヒョウ亜科・ヒョウ属・トラ種に属します。我々がよく見る哺乳動物、ウマ、ウシ、ヒツジ、イヌ、ネコ、トラ、さらにヒトもみな真獣下綱に属します。面白いことに、ハイエナはイヌに似ているのですが、ハイエナとトラとは、ハイエナとイヌよりも近い関係にあります。現在の食肉目はネコ型亜目、イヌ型亜目、アシカ亜目に分かれます。ハイエナとトラはネコ型亜目、イヌはイヌ型亜目です。


 哺乳動物は脊椎動物の最上位にいると言えますが、その起源は比較的早く、三畳紀(いまから2.5億年〜2億年前)に哺乳動物と恐竜がほぼ同時に生まれています。
 トラの属するネコ科の進化の歴史は比較的はっきりしており、最初のネコ科動物プロアイルルスは、およそ3000万年前にヨーロッパに出現しました。約2000万年前にネコ科の動物は、プセウダエルルスと、後にヒョウ亜科とネコ亜科に分かれるスティリオフェリスに分化しました。ヒョウ亜科には、現在、食物連鎖のトップにいる大型ネコ科動物のほとんどが含まれ、ウンピョウ属とヒョウ属に分かれます。他のヒョウ属にはユキヒョウ、トラ、ジャガー、ヒョウ、ライオンがいますが、その中ではトラとユキヒョウが最も近い関係にあります。

2020年、孫博陽氏(左)が甘粛省臨夏盆地のフィールドワークで地層の測量をしている。写真/本人提供

記者:テレビなどで、すでに絶滅した剣歯虎(マカイロドゥス)を見ますが、トラとはどういう関係ですか。

孫博陽:哺乳動物の進化史上のレジェンドである剣歯虎は、先ほど言ったプセウダエルルスから生まれました。剣歯虎は中国語名で、トラの猛々しさや、牙をむき、爪を立てるイメージに似ていることから名づけられました。


 しかし、科学的分類と進化の研究の結果、剣歯虎はトラとの血縁関係が薄く、独立したマカイ ロドゥス亜科に属することがわかりました。約2000万年前、マカイロドゥス亜科は現在のネコ科動物と異なる進化の道を歩み始めたのです。ハイエナはイヌではない、サイはウシではない、カバはウマではないといった「誤解」と基本 的に同じです。


 マカイロドゥス亜科は、上の犬歯が剣のように平たいので名づけられましたが、トラの犬歯も非常に発達しているとはいえ、形状は円錐状で全く異なります。
 約1万年前、気候が温暖になり、広い草原が沼や林に変わり、大型動物が急激に減少して、パワーと敏捷性のバランスが取れたヒョウ亜科が捕食の面で絶対的優位に立ちました。最終的に剣歯虎は、数百万年共存してきた仲間のトラ、ヒョウ、ライオンなどによって永遠に歴史の舞台から追いやられました。

記者:ヒョウ亜科ヒョウ属のトラはアジアだけ に生息していますが、進化の観点で分析すると、こうなった原因には何が考えられますか。

孫博陽:ヒョウ亜科のトラとユキヒョウは最初からアジアのみに分布しています。トラはなぜアジアを出なかったのでしょう。トラの化石の記録や分子の変化を研究すると、2〜300万年前、地球の気候は乾燥して寒くなっていき、草原が拡大して林が減っていきました。トラは林に生息する動物で、アジアを起源とするのもこの理由からでしょう。アフリカやヨーロッパといった西へ向かうときに、乾燥した中東を越えられなかったのです。

 十数万年前の最終氷期に、映画『アイス・エイジ』で描かれたような状況が起こりました。東は北アメリカのアラスカから、西はアイルランドまでがマンモス草原と言われる広々とした草原となり、標高も、開けた環境に適したライオン、林や草原などに適したヒョウなどにぴったりで、彼らはたくさん生息していました。しかし林に生息するトラは、林の縮小によって、生息地の拡大ができませんでした。

2020年、山西省保徳の洞穴でフィールドワークをする孫博陽氏。 写真/本人提供

 一部の学者は、面白いことを言っています。アフリカは人類発祥の地なので、アフリカに生息するライオンやヒョウなどヒョウ亜科の動物は人との付き合い方が最初からわかっていて、人類がアフリカを出て世界に広がったときに一緒に広がっていきました。トラやユキヒョウなどアジアやヨーロッパに生息する多くの動物は人と接したことがなく、人類が生活の場を広げたときに圧迫されて生息地を広げられなかったというのです。

記者:東洋の文化では、トラは百獣の王で、額に「王」の字のような模様があるのが目印ですし、「山にトラがいなければ、サルが王を名乗る」という諺もそれを裏付けています。しかし西洋では百獣の王はライオンで、『ライオン・キング』というアニメ映画もそれを世界に広めました。 トラとライオン、結局どちらが動物の王なのでしょう。

孫博陽:百獣の王はどちらかという問いに対する答えは色々です。猛獣の好きな人が熱中する問いの1つが、トラとライオンが実際に戦ったらどちらが勝つかですが、これは現実には不可能です。トラは林に、ライオンは広い草原に住んでいて、生息環境が違います。区別するなら、トラを「林の王」、ライオンを「草原の王」と呼ぶのがいいでしょう。

2022年1月29日、武漢市の九峰森林動物園でじゃれ合う2頭のアムールトラ。撮影/中国新聞社・記者 張暢

 中国の伝統的文化ではトラが絶対的な百獣の王で、西洋文化ではライオンが王冠をかぶるのは間違いありません。一番重要な原因は、両者の分布の問題です。トラは生まれてからずっとアジアを出ていません。歴史上、中国に広く分布しており、数も多く、人々がよく知る大型の猛獣でした。それに対し、ライオンは中国では自然に生息しておらず、古代の中国人に本物のライオンを見る機会はまずありませんでした。ライオンは古代西洋文明が栄えた中東や北アフリカに分布していたので、西洋人がライオンを見る機会はトラよりずっと多かったのです。


 もう1つ、トラとライオンでは社会的行動が違います。トラは単独で行動し、中国には「山に二虎なし」という諺もあるほどで、通常は1つの山林に1頭しか見られません。ライオンは群れをなす動物で、南アフリカのある亜種では12〜16頭で群れを作ります。群れで最も強いオスがリーダーとなり、人間の国王のようです。また、ライオンはネコ科で唯一、オスとメスの姿が違います。オスは王冠のように、堂々としたたてがみがあり、西洋の人はそのためにライオンを王権や男性性の象徴と見なしました。イギリスのプランタジネット朝では戦争で功績を挙げたリチャード1世を「獅子心王」と呼びました。


 この100年でトラの生息区域は93%減少し、生息数も10万頭から3500頭前後にまで激減しました。トラの絶滅の原因は、完全に人間による捕獲と生息地の破壊で、しかも絶滅はすべてこの100年の間に起こっています。トラを含めた生物多様性の保護は焦眉の急であり、一刻の猶予も許されません。(翻訳:月刊中国ニュース)

【プロフィール】


孫博陽(スン・ボーヤン)
中国科学院古脊椎動物・古代人類研究所副研究員。研究分野は新生代後期の哺乳類の進化、主な研究種は食肉目と奇蹄目。博士課程訪問研究員としてアメリカに1年滞在し、その後スウェーデン、フランス、ドイツなどで学術交流をおこなう。青海・チベット、甘粛、寧夏、雲南、大連などで多くのフィールドワークに参加。現在までに学術論文32本を発表し、筆頭または責任著者としてのSCI論文8本、筆頭または責任著者としてのコアジャーナルの論文5本。

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