Author: aptpress

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福建省随一の経済都市泉州が世界遺産登録②

製造業による街興しで一変 昨年10月9日、中国共産党泉州市第13回代表大会では、海のシルクロードの建設および世界遺産モデル都市の創出という目標が提起された。大会の報告には「海のシルクロードの総合ハブとなり、経済と貿易を結び付け、文化をアピールし、都市と都市をつなぐ重要な門戸の建設に尽力する。東南アジアに向けた工業・商業の中心を構築するとともに、中華海洋文明を現在進行形で継承し、世界遺産保護モデル都市を建設し、『漲海声中万国商〔万国の商人、波音と共に来たりて賑わう〕』の新たな繁栄を蘇らせる」とある。 こうした目標は遺産が映し出す泉州の特質――古から続く商業都市であるという点を物語っている。「泉州は人が多く土地は痩せ、耕したくとも開墾する土地とてない。南部には海が見渡す限り広がり、異国に通じる船が毎年造られている」。宋代の謝履が描いた『泉南歌』を読むと、泉州の地理的環境により貿易ビジネスが泉州人のDNAに深く刻み込まれたことが分かる。改革開放後、泉州人に備わる天性のビジネスセンスは瞬く間に呼び覚まされ、長らく陰を潜めていた大商業都市が再び姿を現した。 中央政府は1979年、福建省と広東省を対外開放試験区に定めた。両省の対外経済活動には特殊政策とフレキシブルな措置が講じられ、大きな主導権を与えることで他地域に先んじて経済をできるだけ早く発展させるとした。宋元時代より培われた開放と包容という同市の性格は改革開放の精神ともぴたりと合致し、泉州人はまさに水を得た魚のようになった。 泉州の対外開放の初期においてはその外資に対する寛容さがプラスに働いた。改革開放後に泉州市外資弁公室主任を務めた陳民団氏は、当時泉州は泉州戸籍を持つ大勢の華僑の力を借り「三来一補〔委託加工貿易+補償貿易〕を展開し、「部品雑貨で巨大市場と多額の外貨を獲得する」構図を創り上げたとふりかえる。 泉州政府は当時、香港、台湾、東南アジアへ積極的に人員を派遣し、華僑や香港・マカオ在住の泉州人が故郷で投資をするよう促した。華僑は泉州の優遇政策を活用し、合弁工場から独資工場に到るまで全国的な有名企業を同市で数多く設立している。フィリピン華僑である林国良氏は1982年に泉州に戻り「泉州電視機廠〔テレビ工場〕」を設立。生産に当たっては現地の協力企業である泉州電子工業公司の工場や工員を利用したという。中国のテレビ所有台数は当時きわめて少なく、初回生産の数百台は瞬く間に全国に販売されていった。 海外の紡績業界である程度成功していた華僑たちが泉州最初期の服飾業界をリードしたが、泉州のアパレル業界が全国的にも評判が良いのは、やはり現地人の市場経済についての冴え渡るセンスによるところが大きかった。人々がまだ生産にしか目を向けていない頃、彼らは広告、宣伝、ブランドによる効果についてすでに理解していた。20世紀終盤、中央テレビの5チャンネルでは一時、泉州のスポーツブランドのCMがひっきりなしに流れていたという。ブランドマーケティングはまずスポーツウェア産業において抜群の効果を発揮し、その他の産業もこれに続き、同じ手法で規模を拡大していった。 時代は移ろい、現代の経済発展レベルにおいてはすでにある種の逆転が起きている。かつての海外市場は多くの分野ですでに中国本土より劣っているほか、母国で投資した華僑は第二世代、第三世代へと世代交代を果たした。今後いかに華僑の力を再び借り本土の経済に新たな活力を注ぐかが、沿海部各省が抱える新たな課題となっている。 迫られる産業構造転換 「努力してこそはじめて成功する」泉州人は、徒手空拳で中国民間経済の奇跡を生み出した。昨年の最新データによれば、全国の経済規模トップ20の都市のうち、泉州の民間経済の割合は最も高く81・5%に達しており、紡績服飾、製靴、建材・住宅関連用品、石油化工、機械設備、食品飲料、工芸製品、電子情報、製紙・印刷からなる9件の1000億元クラスの産業クラスターを抱えている。 これらのほとんどが既存産業だが、一昨年から続く新型コロナウイルス拡大は泉州の生活用品・消耗品を主とする産業構造に重大な打撃を与え、GDPは2020年第1四半期に10・3%下落した。最終的には年間成長率2・9%にまで回復したものの、福建省全体の3・3%を下回る結果に終わった。 泉州の産業計画においては「テクノロジーイノベーション」「デジタル化」などが頻出ワードとなっており、同市の強みである製造業の構造転換と高度化に対する緊迫感が伝わってくる。改革開放初期における外資に対する優遇と同様、泉州は現在、テクノロジー分野において政策優遇を最大限に適用しており、3~5年でテクノロジーに対する投資、ハイテク企業、ハイエンド研究開発プラットフォーム、ハイレベル人材の倍増の実現に努めると同時に、全省に先んじてイノベーション・バウチャー〔ベンチャー企業と各種研究機関の連携を促進する利用券〕を配布し、企業の科学技術関連サービスの利用を補助している。 構造転換に関する泉州の焦りは、新たな時代背景のもと従来の優位性が弱まっているためと洪氏は説明する。泉州は当初、企業間の良好な産業チェーンを構築して個人プレーの構造を改め、独自のエリアアドバンテージを形成していた。製造業とサービス業は産業チェーンのなかで緊密に結びついており、これが泉州の民間経済の最も重要な経験則だと洪氏は考える。例えば、泉州にかつて存在した繊維産業ビルやファッションビルは原材料と衣料既製品の専門市場であり、こうした集積効果が産業間の流通を加速させ、1兆元クラスの産業チェーンの誕生を促した。しかし時代の流れとともに状況も変わり、繊維・ファッションビルを訪れる顧客が減り、インターネットショップの流通量が日増しに増加しているなか、サービス業の構造転換が進んでいる。 「工業化に続くポスト工業化の時代において工業にいかに新たな活力を注入していくか、これこそ現在のサービス業が解決すべき問題だ」と洪氏は語る。泉州は第14次5カ年計画に際し、デジタルサービス、商業・貿易・物流、文化観光、健康サービス、金融サービスを重要な基盤とする近代的なサービス業体系の構築を提起した。なかでもデジタルサービスと製造業の深い融合の推進や、周辺エリアからさらに全国へと広がるビジネスセンターと宅配便物流ターミナルの建設といったアクションの意図は、すべて製造業とサービス業の再連携を図り、相互補完を実現することにある。 第14次5カ年計画ではすでにテクノロジーイノベーションの展開が既存の製造業より優先されている。これからの泉州はアパレル工場にシューズ工場が隣接するだけの都市ではない。環泉州湾イノベーションセンターでイノベーション集積エリアを形成する。泉州ソフトウエアパーク・華僑大学・洛江ハイテク企業クラスターを直結させ、大規模な研究所やプラットフォームを集中的に建設していく計画だ。泉州科学城の建設計画も加速しており、時空産業、スマート情報技術などの新たな業種の配置を進めていく。 泉州を近代的中核都市にする青写真には、いまなお一貫して海洋文化に特有の開放と包容の精神が流れている。対外開放の深化を背景に再度の大航海に乗り出し、沿線国家・地域との協力を深めていくことで全方位型対外開放の新たな形をつくる――それが「21世紀海のシルクロード」の先行エリアであり要衝たらんとしている泉州の狙いだ。 『中国新聞週刊』記者/倪偉 翻訳/神部明果 /CNSphoto

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福建省随一の経済都市泉州が世界遺産登録①

昨今、福建省泉州にブームが訪れている。1300年の歴史を有する古都泉州は、同市のコアな愛好者たちの努力によりSNS上の文化好きな若者たちの人気スポットに浮上した。古の繁華街として知られた西街を散策し、こざっぱりとしたカフェやバーあるいは民宿を横切ると、その文化の息遣いに全身を覆われたような感覚に覆われる。 西街の北側から顔を出す開元寺の双塔は、正真正銘の文化都市である泉州の独自性を物語るようだ。この二つの石塔は宋代の建造で800年の歴史を持つ。昨年7月の世界遺産委員会にて、開元寺を含む泉州の宋元時代の遺跡21件が世界文化遺産に認定された。 実のところ古都泉州はきわめて特徴的なふたつの顔を持っている。 まず宋代以降の古い建造物がたくさん残っていることだ。「南音」と呼ばれる伝統音楽、人形劇、閩南語のなかには伝統的な生活様式が脈々と流れ、仏教、道教、イスラム教、ヒンズー教、マニ教といった宗教が共存した希有な状況を今でも推し量ることができる。もう1つの顔は、アントレプレナーシップにより経済繁栄を創り出したことだ。泉州の経済は22年連続で福建省トップを走り、2020年には全国で18番目となるGDP1兆元超え都市の仲間入りを果たした。アンタスポーツ〔安踏〕、エクステップ〔特歩〕、361°など中国の有名スポーツウェアブランドの半数がここ泉州に集中している。 郷土の伝統を守りつつ果敢に海外進出する気概は閩南人のDNAであり、中国でもまれな海洋文化でもある。1兆元時代に突入した世界遺産の街が今後どう急成長を維持していくのか。「ビジネスができる街」として名をあげた泉州はいま新しい発想を提起している。 ※「鯉城」の別称をもつ泉州は福建省の地級市であり、福建省人民政府が定めた海峡西岸経済区の中心都市また近代的工業・貿易港湾都市となっている。 生活と共にある世界遺産 昨年中頃、「泉州:宋朝・元朝における中国の世界の海洋貿易センター」が世界遺産リスト入りし、泉州全域に分布する22件の遺跡や建造物が登録され、20年にわたる世界遺産申請活動はついに報われることとなった。 「世界遺産委員会は審議時間わずか6分、全会一致で泉州の登録を可決した」。泉州市文化広電旅行局の党組書記で局長を務める李伯群氏によれば、泉州の申請項目は一連の複合遺産であり、こうしたケースは世界文化遺産のなかでも数少なく、第44回世界遺産登録決議では泉州が高く評価されたという。 22件の遺跡を一つの世界文化遺産としてまとめたことで、泉州にはいわば10~14世紀の繁栄を描く壮大な絵巻が描き出された。当時、泉州にはさまざまな肌色の外国人が街中を闊歩し、その様子は唐代の長安に匹敵するほどだった。夜になると古い渡し場には船舶が満ち一晩中明かりが絶えることはなく、中国の磁器、シルク、茶葉などの貨物が船で世界各地に運ばれた。また外国の香料や希少品を乗せた船が入港し、さらに都へと送られていった。 泉州は南宋末期に東洋随一の大型港となった。福建省海洋文化研究センターの特約研究員で中国人民政治協商会議泉州市委員会の副主席を務める李冀平氏によれば、当時は中国の大航海時代であり、自由な航海貿易のルートが創出された。泉州はきわめて独特かつ典型的な中華海洋文明を体現し、略奪とは対極にある平和と包容力を有しており、これは泉州が今日にもたらした教えである。 世界遺産申請の成功後、泉州の古迹はよりはっきりとした輪郭をもって人々に知られることとなった。この出来事は文化財保護の新たなスタートラインであるだけではなく、文化観光産業の発展の新たなチャンスともなった。泉州には山と海の両方があり、古都と近代都市の両面を持つ。宋代の寺院もあれば現代の劇場もあり、閩南グルメもあれば伝統音楽「南音」もある。福建省南部の片隅の古城でありながら、観光都市としての抜きんでた才能を生まれながらにして備え、蓄えてきたのだ。泉州市の現在の計画では、各遺産の見学施設を体系的にグレードアップさせ、22件の遺産関連建造物では閩南語、普通話、英語、日本語、韓国語の5言語での解説を提供予定だという。泉州海外交通史博物館を含む展示館15カ所はすべて無料開放するほか、考古遺跡公園の建設も複数計画されている。 泉州の世界遺産は数が多く、海辺、山林、古都、河川と広範囲に分布している。同市は今後、各遺産へのアクセスの利便性をさらに高めるべく努力をしていくとのことだ。また、「海のシルクロード博物館」の建設を進め、複数の博物館を改造し世界遺産展示センターとして一新するために国と福建省の支援をとりつけているところだ。 とはいえ、泉州独自の「生活の息づかい」を守り伝えていくことがまず肝心だと李氏は考える。「泉州にある遺産の多くがいまでも暮らしとともにある。7・62㎢の古都遺産区および緩衝地帯には先祖代々そこで生活する人々がおり、泉州の文化財とその保護は『生活の息づかい』に満ちている」。文化財保護が一般市民の日常生活に溶け込めば、遺産の保護条件が向上するほか、人々の居住環境の改善にもつながるという。 『中国新聞週刊』記者/倪偉 翻訳/神部明果 写真/CNSphoto

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東京多元交響楽団春節コンサートのお知らせ 

東京多元交響楽団春節コンサートがいよいよ明日開催されます! オンラインとオフラインの同時進行といたします。皆に素晴らしい音楽のお届けし、在日華僑華人華人の心からの新春挨拶と祝福をお送りします。言葉で表せないものを、音楽が表してくれます~ 2月の早春、自分に、家族に、子供の心に音楽の旅をさせましょう…… 【日時】2月5日(土) 【会場】多元文化会館 東京都港区赤坂6-19-46 チケットの申し込み方法 1.チケット販売サイト:https://teket.jp/2735/10127 チケット料金 全席自由 2000円(税込) 学生 1500円(税込) ライブ1500円(税込) 2.お問合せ先 東京多元交響楽団事務局まで気軽にお問い合わせください。 東京多元交響楽団事務局: 電話03-5715-1063 メール tokyotagen@gmail.com WeChat:tokyotagen

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江南文化の再構築②

伝統と革新  2011年、卒業を間近に控えていた大学4年生のさん(男性)は、金融系企業からのオファーとイギリスの大学の合格通知の両方を受け取っていたにもかかわらず、周囲を驚かせる決断をした。故郷の蘇州に戻り、母親の刺繍技能を継承することにしたのである。  母親のさんは蘇州刺繡という無形文化遺産の代表的な継承者であり、蘇州の一世代前の手工芸職人のなかでも最も昔気質の職人だ。蘇州刺繍の重要な発祥地である鎮湖の生まれで、幼いときから紡織機の傍らで育ち、やがて国営刺繍工場で働くようになった。国営企業の改革を機に、薛金娣さんは刺繍技術の高い女工たちを引き連れて自宅の工房で受注生産をおこなっている。作品はロシアやアメリカに販売され、通常、生地一面に描かれた牡丹の図案のように、ふんだんに刺繍を施し、ステッチが複雑になればなるほど顧客から好評である。  徐々に一人前になってきた張雪さんは、間もなく母親との考え方の違いに気づいた。1980年代生まれの張雪さんは古代の詩歌や山水画の影響を受け、ミニマルで余白のあるスタイルを好む。一方、母親の薛さんは、刺繍は手工芸の技能を反映させるべきで、余白が多すぎるのは顧客に受け入れられるだろうかと首をかしげている。  実は、これは江南文化が現代に継承されるなかで直面している核心的な問題である。昆曲や刺繍といった無形文化遺産は、江南文化の最高の美学をある程度表している。この美学が時代の発展によって変わってもよいのだろうか。現代の市場のニーズに迎合する必要があるだろうか。  昆山当代昆劇院共産党支部書記の氏も同じ問題に気づいていた。中国で8番目の昆劇院として、設立当初に「当代昆劇院」と命名されたのは、伝統に立脚しつつ現代に目を向けるという意味が込められている。しかし、繊細で優美な昆曲と現代人との結合はやはり難問に直面した。  1つは言葉〔せりふや歌詞〕であり、昆曲の言葉は厳格な曲調の形式を踏襲しているため、言語環境がすでに変化した現在では、観客は直接聞いても字幕を見ても理解できないという問題が存在する。なかには、英語の字幕のほうが原文の字幕よりも理解しやすいと言う若い観客までいる。もう1つは昆曲が誇りとする「水磨調」である。転がるように滑らかで悠々と響き渡り、石臼で米を挽くようにゆったりとした節回しで、この水磨調が世に出るや、たちどころに明代の演劇ファンに熱烈に支持された。だが、生活リズムが速い現代では、観客が映画を1本見るのにかけられる時間はわずか2時間しかなく、ゆっくりとしたテンポの昆曲はどうすれば観客をつなぎ留めることができ、限られた上演時間のなかで水磨調を残したうえで、物語を生き生きと筋が通ったものにできるのだろうか。  蘇州市文化広電観光局無形文化遺産工芸美術処の処長は、無形文化遺産という概念の出現がやや遅かったので、学科の設立が立ち遅れて多くの理論が確立されておらず、まだ模索している段階だと説明する。無形文化遺産は初めからずっと変わらないものであるべきで、師匠が伝えるものは何であれ、弟子はことごとく受け継いで伝えていかなければならないと考える専門家もいる。もちろん、無形文化遺産は古代から現在まで受け継がれ、もはや誕生した当初の姿ではなくなり、発展と変化を遂げてきたとより多くの人が考えている。現代からさらに後世へ継承するなかで、核心部分には背かないという前提で改善し、現代人の美的ニーズにより合致させることも認めるべきである。  蘇州では、「継承しつつ革新」が一段と主流の方法になっているが、当然、革新には周到かつ慎重な検討を要する。昆山当代昆劇院は設立から6年で、40幕の古典昆曲の折子戯〔演目の中から独立して上演される一幕〕が受け継がれ、これらを元にして5本の新しい演目につくり変えた。現代を題材にした新演目では、現代語を組み合わせたせりふの創作を試み、観客からは、今回は字幕を見なくても聞き取ることができたという反響が寄せられた。昆山市文化体育広電観光局の副局長は「昆劇院は若者の劇場離れを食い止め、昆曲の美意識を『幼いころから養う』ことを望んでおり、数年後にはこうした若者たちが昆曲の忠実なファンとなり、昆曲の継承に大いに役立つでしょう」と述べた。  張雪さんの「革新」も認められ、ミニマル風の刺繍を堅持して独自のスタイルを確固たるものとし、専門家や市場の注目を集めている。その作品の1つは、細長い小机に置かれた香炉と線香からゆらゆらと立ち昇る煙が四方に広がり「佛」の文字を浮かび上がらせている様子だけを刺繍したものだ。第8回江蘇省芸術博覧会の銀針杯刺繍作品コンテストで、この作品は金賞を受賞し、自由で、奥深く、あか抜けていて、秀逸であり、その境地が余白のなかに体現されていると評価された。その後、この独特なスタイルの刺繍継承者の元にネットイースゲームズ、映画『名探偵ピカチュウ』、テンセントQQショーなどから続々と異業種コラボレーションのオファーが来ている。  李紅処長は、すべての革新は市場を志向し、市場は「足による投票〔自分の好みを行動で表すこと〕」で答えを出すだろうとみている。一方、瞿琪霞書記は、答えが十分に明確にならないうちは、誰もが慎重に論証し、考えながら実践していると指摘する。この慎重さは、世界遺産に登録されている有名な拙政園の市場志向の試みによりはっきり表れている。  2020年11月、拙政園は総面積72ムー〔1ムーは約666・7㎡〕のうち12ムーを開放し、光投影技術〔プロジェクションマッピングなど〕を駆使したナイトツアープログラム「拙政問雅」を制作した。これは、昼間の観光とはまるで違う体験で、園林の不思議な夜といった感じに近い。広間に飾られている山水画が現実のようになり、水が山あいをさらさらと流れ落ち、道端の低い斜面に目を遣ると、3匹の鹿が広々とした中庭を気の向くままに歩いている。聴雨軒〔雨音を楽しむための窓に囲まれた小屋〕の外の芭蕉の葉が風に揺れ、マイク付きヘッドホンから風と雨と雷の音が聞こえてくると、その瞬間に観光客は拙政園を我が物としているかのように、芭蕉の葉をたたく雨音にゆったりと耳を傾ける。  「拙政問雅」は息をのむような美しさで披露されたが、蘇州園林博物館の館長は、拙政園はナイトツアープログラムの論証に1年も費やしたと明かした。園林は脆弱な生命体であり、年中無休の状態で毎日さらに数時間のナイトツアーが加わった場合、園林の自己修復能力は十分機能するだろうか。2020年5月、拙政園はまず閉園時間を1時間半繰り下げて影響を観察することにした。5カ月後、十分な評価を経てナイトツアープログラム「拙政問雅」がようやく正式に公開された。あずまやなどの建物や名木・古木を傷めないために、ナイトツアーに使用する投影装置はすべて取り外し可能なものとなっている。5時半に閉園すると作業員が大至急装置を設置し、ナイトツアー終了後に再びすべてを跡形もなく撤去して倉庫に収納するのである。 江南から世界へ  上海の国家展覧コンベンションセンター〔NECC〕は建物総面積150万㎡超の巨大な「四葉のクローバー」をかたどった施設で、そのうちの1200㎡が蘇州市に割り当てられている。2021年5月、「蘇作館」が同センター内にオープンし、蘇州刺繍、緙絲、核彫〔果物の種に彫刻を施したもの〕、明清朝様式の家具など12分野の蘇州製工芸品が展示された。  蘇州市が江南文化ブランドを全面的に展開するには、海外進出は不可欠なステップだ。蘇州文化観光集団文化発展有限公司の総経理は、蘇作館の位置づけは非常に明確であり、国内外に向けて蘇州の伝統工芸品や製品を集中的に展示販売するブランド旗艦店だと説明する。  ここにも蘇州が「江南文化」を再構築するために直面しなければならないもう1つの核心的な問題が現れている。蘇州市が対外的に紹介している、小さな石橋と水路、白塗りの壁と青黒い瓦屋根、昆曲と園林、蘇州の伝統工芸品と製品の繊細さと優美さに加えて、「江南文化」の構成要素をさらに充実させることは可能だろうか。今日まで発展するなかで、「江南文化」は現代的な表現を身につけただろうか。  GDPが2兆元を超える大都市であるにもかかわらず、これまで蘇州市の文化産業の発展にはいくらか弱点が存在していた。蘇州市文化広電観光局は、蘇州市の文化産業には「大きいが強くない」という特徴があると指摘する。例えば、文化産業は付加価値が高いがGDPに占める割合は低く、文化商品に関わる製造業の貢献率は高いが文化芸術関連サービス業の割合は低い。また、文化産業の事業者数は多いが全国的に影響力を持つ企業やブランドは少なく、文化産業の従事者は多いがハイレベルな文化的人材は少ない。  それゆえ、蘇州市はこれらの弱点を補うために多方面で尽力している。財政資金が逼迫しているなかで、第14次五カ年計画期間〔2021~2025年〕に市全体の各レベルの財政計画で計上する文化産業特別支援資金の規模を第13次五カ年計画期間〔2016~2020年〕の年間1億5000万元から3億元に倍増する。  蘇州市は江南文化の遺伝子をうまく活用する方法を模索し、より多くの江南文化の構成要素を製品に付加し、文化資源の利点を産業発展の利点に転換するよう努力しつつ、その一方で、江南文化の現代性の足掛かりや突破口も探している。蘇州新時代グループ董事長で共産党グループ書記の氏はこう話す。「新型コロナ流行前に蘇州市は年間延べ1億3000万人の観光客を受け入れていました。蘇州に来た観光客は、旧市街地や園林を訪れ、昆曲や評弾を鑑賞する以外に何かできないでしょうか。これは早急に解決すべき蘇州の課題です」   「江南文化」が現代化してしまったら、ガラリと変わってしまうのか、それでも純粋に江南と言えるのか、という困惑の声もあがっている。蘇州の歴史をみると、「江南文化」には驚くべき生命力があり、過度の浸食や変化を心配する必要はないと王堯主任は述べ、こう続けた。「江南文化は自信を持ち、大いに他の文化を受け入れるべきです。都市が十分に現代化し、さらには国際化したとき、1つの文化が導き手となって、混じり合った多様な文化を持つようになります」  王堯主任の見解では、ましてや、その他の多くの都市および都市の文化とは異なり、蘇州の「江南文化」はすでに世俗的な生活と緊密に融合している。それは平凡な日々を包み込む詩情であり、舞台・書画・蘇州製品・文学の間を縫って流れ、あらゆる世代に満ちあふれている。蘇州を訪れるどの観光客も街の至るところで昔ながらの蘇州の味わいを見つけることができ、また、蘇州が打ち明けたいと思っている新しい物語も読み取ることができるのである。 『中国新聞週刊』記者/徐天 翻訳/吉田祥子

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薬師寺寛邦キッサコ アジアツアー2022 『再会』-「般若心経コンサート」日本では、東京、京都での2公演が開催決定!

コロナ禍でライブ公演ができない状況の中、薬師寺寛邦キッサコの約2年ぶりとなる待望のライブツアーが5月よりいよいよ始まる。歌う僧侶として、アジアで絶大な人気を誇る薬師寺寛邦の、開催予定であった、アジアツアー2020年、2021年が全てコロナ禍でできなくなり、2022年の5月、ようやく待望のコンサートツアー開催決定! ツアータイトル「再会」は、国内外のファンの皆さんにも2年ぶりにお会いできるというという直接的な意味に留まらず、全てのモノ、ヒトが形を変えて、新しい形で再び動き出すという、祈りが込められたタイトルでもある。 般若心経コンサートと題しているように、コンサート内容としては般若心経を中心に、今までとは違う新しい表現方法として、充実した構成となっている。 ストリングスのアコースティックな響きもあり、ライブバンドもあり、より臨場感溢れる舞台となっている他、美しい映像とともに、聴く人に祈りと癒しの時間を共有できればと演出されている。 お経としての般若心経を、改めて美しい音楽と共に音楽として皆さまに届け、聴く、観る、そして祈ることが体験できる空間を作りたいと薬師寺寛邦は願う。 お経を題材にした音楽だけでなく、海外トップヒットチャート入りしたオリジナルソングの新曲も披露するなど、盛り沢山のプログラムとなっている。 2022年5月の日本の2公演が終われば、夏以降にも、アジアツアーの祈りの旅は続く。 ■ 薬師寺寛邦 キッサコ アジアツアー2022 「再会」 般若心経コンサート 日本公演  【東京公演】日時:2022年5月6日(金)19:00 開演 ( 18:30 開場 ) 会場:日本橋三井ホール (東京都) 【京都公演】日時:2022年5月14日(土)17:30 開演 ( 17:00 開場 )会場:ロームシアター京都 サウスホール (京都府) チケット料金:[全席指定 5500円] (東京公演 ドリンク代別)一般販売:2022年2月5日(土)10:00~​◎イープラス:https://eplus.jp/sf/detail/3566320001◎チケットぴあ:https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2201679(東京公演)                https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2201680(京都公演) 【​薬師寺寛邦キッサコ PROFILE】 1979年生まれ。僧侶であり音楽家。今治市臨済宗・海禅寺の副住職。 ”僧侶ボーカルプロジェクト”「薬師寺寛邦 キッサコ」として、仏教の教えをわかりやすい言葉に置き換え懐かしいポップスのメロディーとハーモニーで伝えている。 そして、僧侶として次世代に仏教をつないでいくため、音楽と仏教を掛け合わせ、般若心経に声を重ねアレンジしたアルバム「般若心経」を2018年5月にリリース。 YOUTUBEでは300万回再生突破、般若心経関連動画の総再生数は世界で驚異の累計5000万回再生を超えている。 また、アジアでの大反響を受け、2018年12月に、中国・香港・台湾を巡る全6都市、2019年9月からは規模を拡大し、日本を含む全10都市でのアジアツアーを開催!約2年で1万人以上の動員を記録した。 日本からアジア、そして世界へ、縁を繋ぎ、仏教を音に乗せ、伝え続ける。HP: https://kanho.infoYouTube: https://www.youtube.com/c/JapaneseZenMusic

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儒家も老子も重視した「民」、現代にどのように生かすべきか―中華孔子学会会長が答える

儒家などによる中国の伝統思想は「民意」、「民心」、「民本」などを強調してきた。そのような考えは現代にどのように生かすべきなのだろうか。中華孔子学会の会長も務める、北京大学哲学科の王中江教授はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて「民」の重視と政治理念の関係について語った。以下は、王教授の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。 【その他の写真】 ■儒家の孟子も老子も「根本は民」と説いた 中国において「民本」や「民心」の概念は極めて早い時期に出現した。早い時期から儒教の最も大切な経典の一つとされた尚書(書経)には、君主の姿勢として「民に近づかねばならない。民を下の存在と見なしてはならない。民は国の根本である。根本がしっかりしていれば、国は安泰である」との記述がある。孟子も「民を貴(たっと)しとなす。社稷(しゃしょく、国家)は民に次ぐ。君主は軽い」と説いた。 儒家以外にも、例えば老子は「聖人は常に心無く、百姓の心を以って心と為す(聖人は自らの心、すなわち願望を持ち合わせていない。庶民の心を自らの心とする)」と説いている。写真は孟子出身地の山東省鄒城市にある孟廟 ■天意は民意を反映し、君主は天意に従う 中国では、天が君主を定めると考えられた。その目的は民衆の利益と幸せの向上だ。また、易経は「天地が存在して万物が生じる。万物が生じて男女が生じる。男女が生じて夫婦が生じる。夫婦が生じて親子が生じる。親子が生じて君臣が生じる。君臣が生じて上下が生じる」などと説いている。つまり「天と地」を人の世界の出発点とした。 中国では世界の統治者を「天子」とも呼んだ。すなわち、天の子として、天の意向を実現させる存在だ。その背景には、天意にかなうことは正義であるから、民意にもかなうとの考え方がある。さらには、天意は民意により生じるとの考え方がある。尚書には「民の欲するところ、天、かならずこれに従う」との記述もある。写真は孟子出身地の山東省鄒城市にある孟廟 ■考えの筋道は違っても「民意最優先」は古今東西の政治の大原則 西洋では18世紀、社会の起源についての重要な考え方として「契約論」が登場した。思想家により考え方は異なるが、一般には、人類は原初の「自然」の状態から離脱して国家を樹立したと考える。そして国家の樹立にともない、個人はある種の権利を獲得する一方で、別の種類の権利を手放し、国家に譲った。国家はそのようにして権力を獲得し、社会を統治するようになった、と考える。 中国の伝統思想と西洋の契約論には共通する点もある。それは、国家の目的を、民衆の願いと民衆自身の利益を満足させるためとする考え方だ。異なるのは、国家権力が発生する際のメカニズムについてだ。西洋の契約論では、人々は自ら、安全や平和、利益を確保するために、「暴力的手段」といった権利を国家に譲り渡したとされる。中国では、聖人が君主になると考え、君主は民衆の基本的な願望と必要を満たす存在と考えられた。写真は孟子出身地の山東省鄒城市にある孟廟 現在の政治哲学では、国家や政府は目的ではなく「道具」と考えられる。国家や政府は民衆の願望や利益を満たすために樹立されたものであり、大衆の願望や利益をよりよく満たすために、発展し変化していくことが求められる。 中国の古典的な思想にある「民心」を重視する理念は、現代の政治にもあてはまる。政治とは、民衆の求めるところに向かっていかねばならない。政権は民意に応じて整備され、統治は民意に耳を傾けて改善され、制度は民意を受けて健全化されていかねばならない。民意や民心に従うことは、あらゆる政治統治の出発点であり、民意や民心に合致しているかどうかが、あらゆる政治統治を評価する上での基準であらねばならない。(翻訳・構成 /レコードチャイナ)

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日中国交正常化50周年を迎える2022年の春節に、東京タワーに「未来」の2文字が点灯! 開催間近の北京冬季五輪へ日本からのエールを送る

〜東京タワー レッドライトアップ 2022〜【1月31日 イベントレポート】 民間団体・企業の複合体である東京タワーレッドライトアップ実行委員会は、新型コロナウイルス感染症の早期終息を祈るとともに更なる日中友好関係の促進を目指し、さらに2月4日に開催される北京冬季五輪への日本からのエールとして、中国における旧暦の大晦日にあたる1月31日に「東京タワー レッドライトアップ」を実施いたしました。  日中国交正常化50周年を迎える本年の点灯式は、日中両国向けに生配信を行いました。点灯式のオープニングでは、元卓球選手の福原愛さんによる東京上空からのヘリレポートを行い「今日は中国の大晦日。春節をお祝いして、この後日本のシンボルでもある東京タワーが中国の赤にライトアップされます! その瞬間を空から見られるなんて、とても嬉しく思い、この興奮を皆さんにぜひ伝えたいと思います。」と開会の挨拶をしました。  また、増上寺や「東アジア文化都市」にも選ばれた大分県とも中継を繋ぎ、各地との連携を行って配信を行う例年とは異なる点灯式となりました。カウントダウンの演出はボディアーティストのビックスモールンが鳩時計でカウントダウンを執り行いました。  各界からたくさんの祝辞も寄せられ、小池百合子都知事からは「『東京タワーレッドライトアップ点灯式』の開催、お慶び申し上げます。日中国交正常化50周年、そして北京市は東京都にとって、40年以上にわたる友好都市です。北京市で、間もなく冬季オリンピック・パラリンピック大会が開幕します。昨年夏の東京2020大会では、アスリートの熱戦が繰り広げられ、世界中に勇気と感動を届けることができました。私たちがビジョンに掲げた「多様性と調和」、そのレガシーを持続可能な都市の実現につなげ、国際社会にも貢献していきたいと思います。北京大会の熱戦が、コロナ禍の世界に、未来へのさらなる希望を与えてくれることを期待します。新年が日中両国にとって素晴らしい年となりますことを祈念いたします」とお祝いの言葉で結ばれたお手紙が紹介されました。また、岸田文雄内閣総理大臣の春節を祝う全ての人々へ向けた祝辞が紹介されました。  中国旧暦新年の東京タワーライトアップは2021年に続き4回目の実施となり、今回は展望台メインデッキの窓にLEDで「未来」の2文字が投影されました。「未来」には、より一層の日中友好、新型コロナウイルス感染症の早期終息の意味を込めています。なお、展望台メインデッキの窓に漢字2文字以上が投影されるのは、昨年の東京タワーレッドライトアップで「希望」を投影して以来、東京タワー開業以来2回目の試みとなりました。  ・タイトル:東京タワー レッドライトアップ 2022・主催:東京タワー レッドライトアップ実行委員会・共催:佐賀県、大分県、TOKYO MX TV(東京メトロポリタンテレビジョン)・後援:外務省、東京都、中華人民共和国駐日本国大使館・特別協力:株式会社TOKYO TOWER・協力:中国新闻网、央視頻、CGTN、中国国際文化交流中心、中国康復技術転化及発展促進会、・協力:中華文化交流興合作促進会,黄檗文化促進会、西蔵経済文化交流協会、日本華文教育協会、日中文化教育事業協会、「⼀帶⼀路」⽂化伝播合作中⼼、「人民日報海外版」日本月刊、萬福寺(京都市)・ライトアップ時間:2022年1月31日(月)18:30点灯 〜 24:00消灯・点灯式時間:2022年1月31日(月)18:00 〜 19:00・点灯式会場:東京タワー南側 特設ステージ     (〒105-0011 東京都港区芝公園4-2-8)・企画意図:新型コロナウイルス感染症「終息宣言」への期待とともに、2022年「日中国交正常化」50周年記念の年。この50年を再認識し、より一層の日中友好を築くために企画。・祝辞:楊宇 中華人民共和国駐日本国大使館代理大使潘岳 中国国務院僑務室主任小池百合子 東京都知事藤木卓一郎 佐賀県議長広瀬勝貞 大分県知事・出演者:ビックスモールン、DRUM TAO、Limeism、MeiMei、日本華文教育協会少年少女合唱団、牡丹合唱団、日本華僑華人国際ダンス連盟・大分県中県:ヴァイオリン:朝来桂一、フルート:小野未希、ピアノ:小町美佳・ヘリレポーター:福原愛 (元卓球日本代表)・司会:松田亜有子(日本)・ 奥薩卓瑪(中国) ・点灯式の模様アーカイブ動画:https://youtu.be/pkQmxBuL2a8 <点灯式の様子> 点灯カウントダウンの演出を行ったビックスモールン 点灯の瞬間に子供たちの手から鳩が放たれた

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江南文化の再構築①

伝統文化に対する中国人の郷愁は、 実際は「江南の夢」〔風光明媚な長江下流南岸の地に開花した文化への憧憬〕であって、 それは人文と山水が共存する「詩と遠くの地」に対するものだ。 そして、蘇州はまさにこの美意識が集大成した場所なのである。 『中国新聞週刊』記者/徐天 翻訳/吉田祥子 日はすでに暮れ、滄浪亭の外を流れる水路を一艘の小舟がゆったりと進んでいく。白い長衣を身にまとった書生が船首に立ち、月光が行く手を照らす。岸に上がると、書生は昆曲〔昆劇とも呼ばれる中国伝統劇〕のせりふを朗読しつつ、観客を滄浪亭の中へと誘導し、同時にとその妻・の物語の世界に引き込んだ。昆曲『浮生六記』〔清代の文人・沈復が亡き妻との思い出を綴った自叙伝〕が2018年に蘇州最古の園林〔中国庭園〕である滄浪亭で初演されて以来、「昆曲+園林」をコンセプトに制作されたこの園林版没入型昆曲は若い演劇ファンを中心に人気が広がった。  蘇州市が実景を舞台にしたこの昆曲をプロデュースできたのは、特に意外なことではない。2500年余りの歴史がある同市は、園林と大運河を含む2件の世界遺産と61カ所の全国重点文物保護単位〔国宝・重要文化財に相当〕、昆曲・刺繡・〔日本のに相当する文様織の一種〕を含む6項目のユネスコ無形文化遺産および33項目の国家級無形文化遺産など、実に多くの文化的IP〔知的財産権〕を所有している。  文化産業ブームが到来するなかで、これらのIPがどのように構成要素を拡大し、その現代性を創造し、蘇州市の中核的競争力となることができるかは、目下の重要な課題である。  2021年初めに発表された「『江南文化』ブランド構築3年行動計画」によると、同市は江南文化の発掘と研究、展示と発表、変革と発展、普及と拡大について尽力し、蘇州を「江南文化」の中心的な語り手・伝え手・導き手にすべく努めている。当時、江蘇省党委員会常任委員で蘇州市党委員会書記だった氏は「私たちにとって、『メイドイン蘇州』が『最も強固なコア』だとすれば、『江南文化』は『最も輝かしい名刺』です」と述べ、蘇州は「江南文化」ブランドを全面的に展開し、江南文化の核心的地位を再構築するだろうとみている。 郷愁と江南の夢  『浮生六記』の上演は、ナイトツアー主催者側に考えがあったからだ。外部からの観光客が蘇州に一泊だけ滞在できるとしたら、江南文化のどの側面を最も体験したいだろうか。彼らが出した答えは、世界遺産の園林と無形文化遺産の昆曲だった。  江南文化は確かに構成要素が豊富だが、ある程度はすでに中国人に対する「ステレオタイプ」になっている。それは、水辺に暮らす人々の家並みや白塗りの壁に青黒い瓦屋根が続く路地、横町から聞こえてくる昆曲やおじさんが何気なく口ずさんでいる〔日本の講談や浪曲にあたる伝統芸能〕、初夏の手作りの三蝦麺〔エビの卵と身とエビミソを絡めた麺〕や晩秋の肥えて柔らかな上海ガニといったものだ。  しかし、蘇州大学学術委員会の主任は、江南文化はいまだに明確に定義されていないと指摘する。蘇州市だけでなく、上海市・江蘇省南京市・浙江省杭州市も地元の立場から江南文化を解釈し、中心的な発言権を掌握したがっている。  復旦大学特別教授で上海社会科学院研究員の氏はこう説明する。「これら4つの都市は江南地域の歴史に相次いで存在した4つの文化的中心地で、南京と杭州は政治的地位の向上によって、蘇州と上海は主に経済的地位の向上によって、それぞれ文化的中心地になったのです」  一方、王堯主任は、南京と杭州はかつて歴史上の首都として政治的な影響を強く受けていたため、その江南文化は完全に純粋なものだとは言えず、上海は20世紀初めに発展し、国際化という特徴により、文化が上海スタイルに変化しているため、蘇州だけが古代から現在まで受け継がれてきた文脈を一貫して保持していると考えている。  だが実際には、蘇州の江南文化も徐々に構築されたものである。  西晋末期の衣冠南渡〔311年の永嘉の乱により漢族が長江を渡って南下し中原の文化や知識を江南にもたらした〕以前は、江南では武力が重んじられていた。世に残っている春秋戦国時代の名剣は、その多くが呉越の地〔呉と越の国があった地域、現代の江蘇省・浙江省のあたり〕で製造されたものである。『漢書』〔前漢の歴史を記した史書〕には「呉越の君主はいずれも勇猛で、それゆえその民もいまに至るまで剣をよく使い、軽々しく死にやすい」と記されている。権力の中心と門閥貴族が南に移動したのに伴い、呉越の地は国の政治・経済・文化の中心となり、江南の気風も徐々に文治と礼儀を重んじるように変化した。熊月之教授によると、六朝時代には江南の雰囲気は前漢のころとは大きく異なり、儒学者は往々にしてゆったりした衣に幅の広い帯を締め、文化的で優雅であることを重んじ、さらには衣に香を焚き、顔を剃り、おしろいを塗り、紅を差していたという。  蘇州の文脈は唐・宋においてさらに発展した。唐代の詩人、・・が相次いで蘇州〔地方官〕に任じられ、文化的影響を及ぼした。宋代の政治家で文学者のもかつて蘇州の知事を務め、蘇州府学を設立した。これは宋で最初の州府立学校で、以来、学生の往来が絶えず、明清時代に蘇州で「江南文化」が繁栄を極めるのを後押しした。  やら「呉門四家」〔明代の呉派文人画の四大家〕が一世を風靡し、編の短編小説集「三言」〔『喩世明言』『警世通言』『醒世恒言』の総称〕は中国古典短編白話小説の最高峰となった。蘇州の昆山一帯で誕生した昆曲は、明代に「水磨調」と呼ばれる節回しを生み出し、戯曲の主流となった。蘇州製の工芸品は康熙~雍正年間には50種類以上にのぼり、専門的で精巧である。故宮の180万点余りの収蔵品のうち、蘇州の伝統工芸品や製品に関するものが10分野にわたり約31万7000点にのぼり、北京以外では、蘇州が故宮との関係が最も緊密な都市である。  明清時代に、蘇州を中心都市とする「江南文化」は最盛期を迎えた。フィリップ・キューン〔ハーバード大学教授〕は著書『中国近世の霊魂泥棒〔原題:Soulstealers: The Chinese Sorcery Scare of 1768〕』でこう分析している。――清朝の統治者は江南の傲岸不遜な学界上層部に対する政治的支配をなんとか確立できないかと頭を痛めていた。学者たちがひたすら探究していたのは、科挙を首席で合格することや高官の手厚い報酬を得ることだけではない。満州族に無骨なよそ者だと自覚させることができれば、その人こそ江南の文人だとみなされたのである。  王堯主任は、伝統文化に対する中国人の郷愁は、実際は「江南の夢」であって、それは人文と山水が共存する「詩と遠くの地」に対するものだと説明する。そして、蘇州はまさにこの美意識が集大成した場所だという。

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知りたい! 華流ドラマ

『星から来た猫将軍』 資料提供/フォーカスピクチャーズ ⓒHK DEMIN MEDIA COMPANY LIMITED ―― 作品情報 ―― 『星から来た猫将軍』 (全16話、CS放送「女性チャンネル♪LaLa TV」にて 12月より日本初放送) 2022年2月DVDリリース(予定) 監督:ウー・チアン(呉強) 脚本:シオン・ジアナン(熊嘉南)、 ジョン・ズーヤオ(鐘祖瑶)、 ホー・グアンユエ(何光月)、 チェン・シャン(陳珊)、 リウ・ヨン(劉勇) 主演:シャオ・カイジョン(肖凱中) ティエン・シーウェイ(田曦薇) スン・シージー(孫熹之) 歴史ドラマやラブロマンス、タイムスリップなど大ブームを捲き起こすドラマが目白押しの中国ドラマだが、猫の王子がイケメン将軍に乗り移る……!? という驚きのストーリーの新ドラマがCS放送で12月23日から放映を開始した。  ヒロインを演じるのは『マイ・ディア・フレンド~恋するコンシェルジュ』や『–The Song of Glory–」のティエン・シーウェイ。活発で愛嬌のあるペットショップの女店主・を演じ、行方不明になった兄を捜すため猫の王子と行動を共にする。上海戯劇学院在学中からチャームポイントの大きな瞳と可愛らしいルックスで注目されている。  少将軍・に憑依した猫の王子を演じるのはシャオ・カイジョン。中国ネット大手テンセントが配信した人気アイドルオーディション番組「創造営(Produce Camp)2019」に出演、累計放送回数11億回を超えた『你微笑时很美(原題)』では熾烈な競争を繰り広げるeスポーツのZDGXチームの一員·老猫役を演じた。感染症対策でオンライン面接となったキャスト選びの中で、王家の血統をもつ王子らしさとわがままで甘え上手という「猫らしさ」を併せ持つ主人公の莫修染役は難航を極めた。  しかしシャオ・カイジョンは一目見て「真っすぐな体つきの彼にそびえたつような雰囲気を感じ」、「猫がぐーっと背中を反らす“伸び”の姿勢をさせても、とても自然にこなす。過去に出演したバラエティ番組をみたが、ソファに寝そべる様子は猫そっくりだった」との評価で大抜擢され、難しい役どころに魂を吹き込んだ。表情や動き、言葉を通じて、どうしたらそれを表現できるかを制作陣は何度も話し合ったという。