変化する世界情勢下、香港の国際金融センターの競争力をどう維持?-香港金融管理局初代総裁の任志剛氏

「一国二制度」の下、香港は中国本土と密接につながっているだけでなく、世界と広くつながっている。世界で最も自由な経済都市と呼ばれる香港は、長年にわたり本土と海外の資金融通の重要な橋渡し役を演じてきた。また安定した金融システムや法体系といった独自の優位性により、世界トップの国際金融センターに成長した。

現在、世界情勢は複雑に変化し、世界経済の重心は「西から東へ」シフトが加速している。複雑で変化が激しい外部環境に直面する中、香港はどのようにしてその波に乗り続け、国際金融センターとしての競争力を維持すべきか。香港金融管理局の初代総裁で、行政会議メンバーの任志剛氏はこれについて中国新聞社「東西問」のインタビューに応じ、深い見識を示した。

中国新聞社:国際環境が目まぐるしく変化し、新型コロナウイルス感染症などの影響がある中、香港はどのような金融リスクに直面しているのか?

任志剛:長期にわたり発展し、強化されてきた香港の金融制度において、リスク管理は香港の優れた遺伝子といえる。香港金融管理局総裁を引退してかなり経つが、警戒を緩めないリスク管理制度は維持されており、香港は金融リスクに十分な備えがあると確信している。

世界経済に不透明感が漂い、新型コロナウイルスの流行もあるが、それについては心配していない。景気の循環で金融市場が乱高下するのは正常な現象だからだ。香港の金融規制当局は恒常的に金融システムに対するストレステストを高い係数で実施している。香港の現在の防疫措置は他の地域よりやや保守的だが、保守的な理由はあり、影響は一時的なものだと考えている。

しかし、今、世界は百年に一度の大きな変局に直面している。国際金融の分野では、米国の影響力が強くなり、金融面から中国の発展に影響を及ぼそうとすると、複雑な情勢になる可能性がある。本土と香港の金融規制当局はそれに留意し、その中で起こり得る状況を分析し、備えているはずである。

無論、極端な事態が起こる確率は低いと思う。その理由は第一に、米中が世界の二大経済大国で、双方が経済、特に金融面で完全に「切り離される」ことはないからだ。また、米国の投資銀行の多くは本土でビジネスを展開すると同時に、多くの票も握っており、彼らが米国の政策決定者に与える影響力は大きい。第二に、米国は世界最大の負債国である一方、中国本土に香港を加えると中国は最大の債権国で、負債国が債権国を金融手段で「制裁」するのは合理的でない。負債国が債権国に金融制裁すれば、他の債権国も警戒心を抱き、国際金融分野における米国の影響力が大幅に低下しかねないためだ。

中国新聞社:1998年の「通貨防衛戦」は何か示唆するものはあるか?

任志剛:香港が返還される前、金融管理局は金融の安全と通貨の安定を保障するために多くの準備をしてきた。例えば、1996年に「即時決済システム」を導入するなどで、金融管理局にマネタリーベースを把握・コントロールする力を付けさせた。1997~98年は我々にとって初めてのテストだった。当時の金融危機は、香港自身が原因ではなく、東南アジア諸国が金融のグローバル化の下で債務リスクをうまく管理できなかったことに端を発した。

投機筋は自由市場を信奉する香港の哲学を利用して市場を操作し、自由市場は自由に操作できる市場になった。これは非常に失望的な状況で、こうした状況は必ず是正しなければならなかった。我々は株式市場に果敢に介入して、投機筋による市場操作を食い止めた。投機筋が株価を押し下げようとすれば、我々が買うのである。これは実はかなり乱暴な方法だが、最後まで他に方法はなく、「戦争」に「戦争」で返した格好だ。

当時、このようなやり方に対し一部の西側諸国の金融関係者の間では批判する声が上がったが、後には共感を得ることができた。香港は市場に依存する自由経済だが、市場が機能しなくなることもあることは忘れてはならない。市場の機能不全を防ぐには、市場を監督管理し、必要であれば市場に介入、参加する必要がある。規制当局は、人々の利益を損なったり、通貨・金融の安定に影響を与えたりする場面において、介入する必要があると判断した場合には、それを決断しなければならない。私が学んだことは、市場は絶対的に神聖なものではないということだ。

中国新聞社:最新の『世界金融センター指数』報告の金融センター指数はシンガポールが3位で、香港は4位に転落した。香港はシンガポールに抜かれたとの声もある。これについて、どう思うか?

任志剛:無論、これらの順位は、金融面での都市ごとの重要性を外部が見ることができるため、ある程度重要だ。しかし、それ以上に重要なのは「国際金融センター」という言葉の中身、つまり国際的なレベルで資金を融通し、集める場所を理解することではないか。実際のところ、香港は国際金融センターとして、本土と海外の資金を融通させる場として非常に成功している。

今後、中国が世界最大の経済大国になれば、ファイナンス拠点としての香港の役割は一段と重要になる。この点において香港の国際金融センターの地位に敵うところはない。また、市場の取引量や金融機関数からその都市の国際金融センターとしての地位が評価されている。これは間違いではないが、国際金融センターとしてのカギは、資金を融通する役割だと考えている。香港のIPO拠点としての地位に疑いはない。香港の投資家、資金調達者のほとんどが香港ではなく域外である点に鑑みると、国際化という点でも香港は金融センターとして屈指の地位を築いている。

国際金融センターというのは、実際のニーズに基づいて資金を融通しなければならず、補助金で金融機関を呼び込むような方法は必要ない。ニューヨークとロンドンについては、金融イノベーションの面で先進的で、デリバティブ商品が多数あり、リスク管理もしっかり行われている。これらのイノベーティブな商品は資金融通の効率を高めており、こうした点は我々は参考にすることができる。しかし、注意すべきは、金融はあくまでも経済を支えるもので、自身のためだけ、そして市場でゼロサムゲームが行われるという考えは持つべきではない。

香港国家安全法は長期的に香港の国際金融センターとしての地位を確固たるものにすると考えている。国際的な金融機関は、安全性に懸念がある場所で業務を展開したいとは思わない。社会が安定し、安心できる社会環境になれば、当然ながら香港の国際金融センターとしての地位にメリットをもたらす。実際、香港の国安法は欧米諸国の国安法に比べて「厳しい」ものではない。これですべて批判されるとしたら、政治的立場に基づいて中国を攻撃する口実をつくる人がいる可能性があるということだ。

中国新聞社:香港が本土と海外の資金融通において果たしてきた役割は代替されることがあるか?これは中国と西側が集まる香港の特質とどのように関連しているのか?

任志剛:改革開放を堅持し続けることは、中国の明確な政策方針で、趨勢である。一方、本土の資本勘定取引は短期・中期的に完全に開放されることはない。そのため本土の政策に対応する形で、香港は本土の投資家と資金調達者を「海外進出」させるルートとしての役割を果たしている。これまでも香港と本土との間で、上海・深セン証券取引所との相互取引、理財通、債券通など金融の相互取引を進めてきた。国の政策に呼応し続けていくことで、香港の国際金融センターとしての地位は確固たるものになるだろう。

上海と香港をはそもそも双方で金融の役割が異なる。本土は自身の資金融通、つまり上海は本土の投資家と資金調達者を結び付ける役割を担うが、香港はそれを求めることはできない。一方、国際金融というレイヤーでみると、本土にとって外循環の役割を担う香港は、中国の一部として「一国二制度」の下で国のために力を発揮できる。

香港が本土と海外の間の資金融通の役割を果たせたのは、中国と西洋が集まる香港の特質と関係があろう。香港は国際都市として歴史が古く、コモンロー制度を持つ資本主義社会で、これは海外、特に資本主義経済国が慣れ親しんでいる制度だ。資本主義国は必ずしも本土の社会主義市場経済を深く理解できているわけではないが、香港のルールは熟知している。本土以外で最も本土の仕事のやり方やルールを理解している場所である香港は、本土と海外の投資家、資金調達者を結び付ける最適な場所だ。

中国新聞社:人民元国際化を支える香港の近年の貢献をどのように評価するか?今後はどのように取り組むべきか?

任志剛:人民元国際化が提唱されてから約20年が経過し、少なからず進展してきた。しかし、依然として加速の余地はある。今後は、人民元が資本市場で一層運用され、債券市場、株式市場、銀行システムで十分かつ普遍的に利用できるよう推進すべきだ。例えば、債券市場では、財政部と国家開発銀行が人民元建て債券を発行しているが、依然として発展基盤を築いている段階で、引き続き推進することができる。香港で上場している株式は、人民元建ての取引、決済を一段と推進することが可能だ。銀行システムでは、人民元建てデリバティブ商品の開発余地がある。

また、人民元国際化の推進に伴い、支払システム、資産管理システムなどを含む金融インフラの構築を加速しなければならない。金融インフラが整備されていれば、人民元を潤沢に保有しているグローバル投資家は、投資ルートをみつけやすくなる。一方、人民元が足りない場合は、簡単に人民元を調達できるようになり、こうした状況こそが真に意味のある国際化ではないか。

国の観点からみると、米ドル依存を徐々に下げるには、人民元国際化が最良の方法だ。現在、シンガポールや英国など多くの国・地域にオフショア人民元取引市場がある。しかし、香港の人民元国際化の発展モデルを他の場所で再現する必要はない。東南アジアや欧州の投資家、資金調達者が人民元を取引に使用したい場合は、香港を経由して取引することが可能だ。そうすることで、香港のオフショア人民元取引市場は厚み、そして高い流動性を維持することができるだろう。

任志剛氏プロフィール:

香港金融管理局初代総裁、現行政会議メンバー。2001年に金紫荊星章、2009年に大紫荊勲章を香港政府から授与。1970年に香港大学社会科学学士を取得(経済学・統計学専攻)。1971年に香港政庁に入省し、38年を超える公職生活の中で主に通貨・金融事務を担当。また香港の為替レート制度の制定に参画。1993年4月に香港金融管理局が発足すると同時に総裁に就任し、2009年6月末まで務めた。アジア金融危機の際には香港政府に協力して千億香港ドルを超える外貨準備を利用して市場介入し、香港株を購入することで投機筋を撃退。香港の通貨、金融システムの崩壊を回避した。香港金融管理局総裁退任後は、国際金融フォーラム理事会副理事長、UBS理事会メンバー、中国金融学会の執行副会長をなどを歴任

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