越境ECのブルーオーシャンを狙う「中国プラットフォーム」
中国発ECプラットフォームの「Temu」は、2022年9月の米国上陸直後から数カ月にわたってショッピングアプリ・ランキング上位に留まり、EC最大手Amazonとファストファッションの老舗SHEINを追い越した。TemuはいまやAmazonに次いで、アメリカで人気No.2のECアプリだ。実際、2023年第1~第3四半期にかけては、Temuだけでなく、世界の多くの市場で中国ECブランドが存在感を増しており、ショッピングアプリのダウンロードの伸び率トップ10には、Temu、SHEIN、TikTok、AliExpressの4つの中国ECプラットフォームがランクインしている。海外に怒涛の進出を果たしたこの4社は、「中国EC四小龍」と呼ばれている。
「中国EC四小龍」をはじめとする中国の越境ECプラットフォームは、超絶コスパと二重三重の割引クーポン、送料無料など、中国国内でよく見られる手法を売りに躍進しており、世界の「EC王」Amazonも自らマージンを引き下げるなど、うかうかしていられない。ECプラットフォーム同士が世界を舞台に白熱した戦いを繰り広げる中、「中国EC四小龍」は王者Amazonに挑み、中国ECならではの道を切り開いていってくれることだろう。
中国ECの海外進出「一斉開花」
「中国EC四小龍」はなぜ2023年に大きく花開くことができたのだろうか。大きな理由としては、世界の消費市場が劇的に変化したことが挙げられる。2023年以降は世界的にコスパ消費の傾向が明確になった。コロナ禍を経て、人々のショッピング習慣は大きく変わり、多くの国でオンラインショッピングの普及率が上昇した。こうした中、サプライチェーンに強みを持つ中国製品の競争力が一段と高まり、中国ECの人気が沸騰したことから、各EC大手の海外進出にはずみがついたというわけだ。
中国ECの海外進出は、手探りでのスタートから2023年の一斉開花まで、20年以上模索の道のりを歩んできた。その歴史は、2000年の中国のWTO加盟から始まる。最初の10年はB2B〔法人向け〕がメインで、海外ブランドや卸業者からの大口注文を受けていた。この時期の中国企業は、大部分がOEM(受託生産)を主要業務とし、海外の顧客の求めに応じて製品を生産しており、商品のセレクトやブランド運営にはノータッチだった。次の10年はB2C〔消費者向け〕の時代にシフトした。特に2012年、Amazonが中国の販売事業者と海外の消費者とをつなぐプラットフォームになると、売り手が販売する商品をサイトにアップし、倉庫に商品を送り、Amazonに広告を出し、Amazonが商品を倉庫から購入者の元へ届けるという仕組みができあがった。
2020年の世界的なコロナ禍も、越境ECにとってはある意味分水嶺だったと言える。なぜならコロナ禍により、ネットショッピングの需要はかつてないほど高まったからだ。
この1年、多くのプラットフォームがオンラインショッピングのボーナス期を逃すまいと目の色を変え、Temuをはじめとする中国越境ECプラットフォームの新勢力は世界を「攻略」に出ていた。2023年、Temuは拡大路線を加速させ、2月にはカナダ、3月にはオーストラリアとイギリス、次いでヨーロッパ各国に、7月には日本と韓国、その後東南アジアにも進出を果たした。現時点では48カ国でサービスを展開させている。
なぜこれほど急速に世界展開を実現することができたのだろうか。越境EC内部関係者の話によれば、業務目標を、開拓した国の数やGMV〔流通取引総額〕に置かず、各国の消費者の好みを把握しニーズにマッチする商品を提供することに置いているのだという。
新勢力のもう1つの代表SHEINは、実は2012年創業のファストファッション大手だ。目下のところ、SHEINの事業は北米、ヨーロッパ、中東、南米、東南アジアなど150の国および地域をカバーしている。また、2023年にはプラットフォームモデルをスタートさせ、ブラジル、アメリカ、メキシコで導入している。
中国ECの海外進出が一斉に進んだのは、客観的要因として、中国国内の新規ユーザー数が頭打ちとなったこととも大いに関係がある。2022年12月末における中国のモバイルネットワークの月間アクティブユーザー数は12.03億と、すでにかなりの普及率を達成してしまっている。年に一度のショッピング祭りである2023年の「11・11 独身の日」もややトーンダウンしており、データ分析会社「星図数拠(Syntun)」の「2023年11・11全プラットフォーム売上データ解析レポート」によると、2023年の「11・11」取引総額は1兆1385億元と、前年同期比でわずか2.1%の伸びに留まった。
中国国内が「レッドオーシャン」化するなか、ECの海外進出は、中国ECプラットフォームの二度目の成長期を誘発した。先ごろ開かれた中央経済工作会議でも、「プラットフォーム企業が国際競争の中で思う存分実力を発揮する」ことが奨励された。
中国海関総署(税関)のデータによれば、2023年1~9月の中国の輸出入総額は前年同期比-0.2%の30.8兆元、うち輸出総額は+0.6%、輸入総額は-1.2%だった。一方、輸出入全体が減少傾向にあるなか、越境ECは+成長を実現した。越境ECの輸出入額は、前年同期比+14.4%の1.7兆元、うち輸出が前年同期比+17.7%の1.3兆元に達し、貿易全体の成長率をはるかに上回っている。
内部競争から拡張競争へ
2023年は越境ECプラットフォームの運営代行システムが本格化した一年だった。Temuを皮切りに、Lazada、Shopee、TikTok Shop、AliExpressが続々と運営代行システムを導入し、販売事業者獲得に乗り出した。完全委託であるため、売り手は商品をプラットフォームに引き渡すだけでよい。その後はプラットフォームがマーケティング、物流、アフターサービスなど一連の作業を代行してくれる。だが、取材をした販売事業者の多くは、このシステムだと価格が低く抑えられてしまうと不満を隠さない。
中国国内の販売事業者の獲得競争は、海外市場の奪い合いよりスリルがある。Temuは目下のところ、広東省、浙江省、山東省、安徽省などの100を超える工場地帯に商品の海外進出サービスを提供している。Temuの現在の商品ラインナップはアパレル・カバン類と日用雑貨がメインで、2023年10 月の時点でそれぞれ39.5%、21.1%を占めている。また、ペット、おもちゃ、アクセサリーなどのカテゴリも充実してきている。
ある業界関係者の分析では、アパレルにおいて、TemuはSHEINに真っ向勝負を挑んでいるという。レポートのデータによれば、Temuはアパレル・シューズ類・アクセサリー類でSHEINを指標にしており、それぞれの価格をSHEINの53%~80%に設定しているという。
「アパレルは入れ替わりが最も速い業界です。SHEINはサプライチェーンの開発に余念がなく、常に工場に新しい服をデザインさせ、生産能力を拡大し、雇用拡大や設備投資をするよう促しています。Temuはそこまでする力はなく、新商品を出してくれればいいと言っています。ですが、アパレルはもう競争が激しくレッドオーシャン化しています」
業界内では、SHEINとTemuの競争は、実質的には工場地帯の奪い合いだと認識されている。競争が長期化して、同質化という泥沼に陥ることだけは避けなければならない。
だが、両者の類似性はどんどん高まっている。2023年にはSHEINもプラットフォーム化戦略を強化し、ブラジル、アメリカ、メキシコで導入するとともに、アパレル以外の別ブランドの販売をスタートさせた。これらもTemuへの対抗措置とみなされている。
イギリスの越境ECサービスプラットフォームDMSの業務責任者の話では、低価格で市場を「占領」するのはよく見られる市場浸透戦略で、大量のユーザーを一気に取り込むことができる。Temuが低価格を維持するためには、効果的なコスト抑制と高効率な運営モデルが不可欠で、ユーザー基盤を確立した後は、徐々に付加価値の高いサービスや商品を追加投入していく必要がある。
だが、慈溪EC協会会長の余雪暉(ユー・シュエフイ)氏が指摘するところによれば、運営代行システムは販売事業者のEC経営を大幅に簡略化したものの、工場側は従来の生産体制を変えなければならないという。以前OEM生産をおこなっていた時代は、オーダーを受けたらまず生産し、その後納品という流れで、最小注文数量は通常1000または2000だった。しかし、Temuなどのプラットフォーム方式では、テスト注文の場合5~10点のみで、そもそも現物が存在しない工場も多いという。
「昔はOEM生産、いまはブランド化という流れです。これはチャンスであると同時にチャレンジでもあるのです」と余雪暉氏は言う。以前はクライアントが色や数量、商標などすべてを指定し、その要求通りにつくっていればよかったが、いまのECプラットフォームによる運営代行システムでは、自身で色や数を決め、商品をセレクトしなければならない。
新しいプラットフォームは、中国の数多くの工場に方向転換を促した。だが、方向転換はたやすいことではない。余雪暉氏の所属する寧波市慈溪市の工場地帯では、2022年10月のTemu出店以降、小型家電商品の大部分が「掲載不可」と表示された。理由は価格が高すぎたことだった。その後、製品の価格が高い理由を説明し、現在までにようやく14種類の製品をアップすることが可能になったが、数十ドル~100ドル強のこれらの商品は、売れ行きが芳しいとは言えない状態だ。
だが、研究者視点で見ると、これら新型越境ECプラットフォームは、一種の「新インフラ」を提供したとも言える。
「中国には数多くの海外向け製造業者があり、長年海外ブランドのOEMを受注してきた実績があるため、生産や品質管理には長けていますが、海外市場に参入し販売・経営をおこなう能力は未熟です。越境ECの中でも『中国プラットフォーム』の台頭は、海外進出する企業に全く新しいビジネスインフラを提供したと言えるでしょう」と商務部中国国際ECセンターECチーフエキスパートの李鳴濤(リー・ミンタオ)氏は解説する。
危機感を覚えたAmazon
コロナ禍の3年を経た2023年12月12日、Amazonは深圳で、販売事業者を対象とした出店誘致イベントを開催した。そのセレモニーでAmazonは、2024年1月以降、アパレル製品の出店マージンについて、販売価格15ドル未満の場合は5%に、15ドル~20ドルの場合は10%に引き下げると発表した。それまでは両者とも17%を徴収していた。
Amazonはなぜ自らマージン引き下げに動いたのだろうか。Amazonの他、AliExpressとTemuでも販売をおこなっている総合ファッションブランドZafulの統括責任者・謝宇嘉(シエ・ユージア)氏の認識では、中・低価格帯製品を対象としたマージン引き下げは、Temuを意識した対抗策の一環だという。謝宇嘉氏が説明してくれたところによれば、例えば仕入れ価格40元の衣類の場合、Temuでの販売価格は20ドル、Amazonだと35ドルになるという。これは物流コストとプラットフォームに支払うマージンによって決まる。
Zafulの売上は現在、Amazon由来が85%、Temu由来はわずか10%ほどだというが、謝宇嘉は経験から次のように分析する。短期的にみれば、Temuは知的財産権問題や赤字経営など解決すべき問題が山積みではあるものの、長期的にみれば、その圧倒的な効率のよさで、王者Amazonを脅かす存在になることは間違いない。
ある投資家は次のように指摘する。これまで長期にわたり、中国の販売事業者が越境ECをする場合、Amazonに出店するくらいしか方法がなかったが、中国が誇る低価格EC「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」〔Temuは拼多多が海外展開したサービス〕の「パワープレイ」は、運営代行システムとも相まって、世界中でミラクルを起こしている。「北米のような成熟市場でシェアを奪うには、他社との明確な差別化が必要です。拼多多が最も得意とするのは『安さ』で、これは大部分の国の一般市民にとって最も魅力的な武器です」
越境ECのマネジメントを手掛ける「易倉科技」市場部門副総裁の龔志浩(ゴン・ジーハオ)氏は、Temuは、複数の工業地帯をまとめてスケールメリットを引き出すことで受け入れられる価格帯の商品を打ち出し、さらに中国国内の高度な物流システムに乗せることで、アメリカの消費者が求める「一度に、様々な、コスパのいい商品を購入する」というニーズに応えており、しかもそれをプラットフォームに完全委託することができると指摘する。「これはAmazonがおろそかにしていた部分です。プラットフォームとして既に成熟しているAmazonにとって、このモデルは利益が少ないからかもしれませんが。」
報道によれば、2023年第1四半期におけるTemuの1注文あたりの平均単価は35ドル前後で、Amazonは約47ドルだったという。ある業界関係者は、Amazonユーザーの中でもコスパ追求型の人々は価格に敏感であるため、Temuのユーザーと重なるところがあると指摘する。「ただ、Temuも将来的に自主ブランド路線に移行し、より高価格帯のラインを打ち出す可能性も捨てきれません」
謝宇嘉氏の観察によれば、Temuは2023年の半ば頃、プラットフォーム全体で幾分かの値上げがあったという。上述の投資家も同じく、Temuの価格帯は右肩上がりになっていると指摘する。この投資家によれば、Temuは初期にアプリのダウンロードやリピート買いを促すため、キャッシュバックなどで顧客のつなぎ止めを図っていたが、いつまでもそのやり方が続くはずはないことから、いつかは必ず健全なビジネスモデルを確立しなければならない。「今後は必ず、Amazonと共存できる強みを保てるレベルまで価格の引き上げがあるはずです」
商務部研究院EC研究所副研究員の洪勇(ホン・ヨン)氏も次のように指摘する。中国の越境ECプラットフォームは、Amazonなどの成熟したECプラットフォームと比較して、ブランド力、サービスの現地化、技術開発力、それにコンプライアンス経営などの面でまだかなりの差があることは事実だ。今後は、ブランドイメージの強化、進出先の市場開拓、技術力・イノベーション能力の向上、コンプライアンス体制の整備などに尽力していく必要がある。
最終的に挑むべきは現地化
越境ECにとって、現地化は複雑な挑戦だ。この分野において、中国の越境ECプラットフォームはまだ「小学生」レベルだと言える。
2023年10月、インドネシアで、SNSプラットフォーム上での商取引が禁止された。つまり、インドネシアのユーザーはTikTokなどのSNSを通じて製品やサービスを購入できないということだ。インドネシアは1.13億人のユーザーを抱える、TikTokにとって2番目に大きい市場だ。関係各所に衝撃が走った。
2カ月後、TikTokはインドネシアのGoToグループとEC戦略提携を結び、TikTokインドネシアのEC業務をGoToグループ傘下のECプラットフォームTokopediaと合併させ、TikTokECをリニューアルした。Tokopediaはインドネシア最大かつ現地企業経営のECプラットフォームだ。この「事件」により、中国ECプラットフォームの海外進出における現地化の重要性が浮き彫りになった。業界関係者は、ブランド化・現地化路線が越境ECの基本的対応策だと口々に指摘した。
この事件から見えてくるのは、インドネシアでTikTokが直面している現地化の難しさだけではなく、ShopeeやLazadaといった他のECプラットフォームも現地化経営に切り替える必要があるということだ。インドネシアには6400万を超える中小零細企業が存在している。もし越境ECプラットフォームを開放し、他国の廉価な商品が入ってくるようになれば、現地の製造業は間違いなく打撃を受ける。そもそも2021年の時点で、越境ECプラットフォームの一部では、越境販売事業者の出店申請を受け付けず、現地の事業者のみを受け入れる動きがでていたのだ。
この他、インドネシアの税制も徐々に越境ECの成長を抑制する方向に改正されている。当初は輸入商品の徴税基準は100ドルだったのが、どんどん引き下げられ、いまでは3ドルになっている。さらに2023年に入ってからは、「オンラインプラットフォームでの100ドル未満の輸入商品の販売禁止」が通達された。
あるアナリストは、今日、中国に根付き人気を獲得している外国ブランドがしてきたように、中国のブランドやプラットフォームが海外進出する際にも現地化をして溶け込むことが大切だと指摘する。初期の野放図な成長段階を過ぎ、プラットフォームが一定規模に達した後は、現地化を実現すべく戦略を練る必要がある。現地の販売事業者、ベンダー、商品などを支援付きで引き入れ、現地のベンダーが一定の割合を占めるようにしてこそ、健全なプラットフォームだと言えるだろう。
「プラットフォームが拡大し、影響力が大きくなるにつれ、税制でもマネジメントでも、コンプライアンス遵守のために取り組むことが多くありますし、そのために一定のコストを負担する必要があります」と上述のアナリストは付け加える。「健全なプラットフォームとは、共存共栄が実現できるもののことなのです」
今回取材に応じてくれた多くの人が指摘していたのは、Temuの低価格を全面に押し出すやり方は初期段階特有のもので、将来プラットフォームがある程度大きくなったら、必ず現地化という問題に直面するという点だった。現時点では、欧米をはじめとする市場はTemuに対し特に規制を設けてはいないものの、Temuはすでにデータセキュリティ、違法調達、貿易の抜け穴を突くなどの問題で要注意リストに載っていると言っていい。
越境ECの最終形態は、現地市場が求める商品のサプライヤーになることだ。将来的には、越境ECという概念はなくなり、現地化ECだけが残るだろう。
もう1つ考えるべきなのは、いかにして商品の海外進出からブランドの海外進出にアップグレードできるかという問題だ。ブランドの海外進出というトピックは、近年、越境ECとセットで常に取り沙汰されてきた。ただ、ブランドの構築は決して簡単なことではなく、中小企業にとってはさらに難易度が上がる。だが余雪暉氏は思う。越境ECプラットフォームが力をつけているいまが、中小企業の自主ブランドにとって、海外進出を果たす絶好の機会だと。たとえ初期にはブランドとして認識されなくても、商標の海外進出という目標は果たせる。「中国の越境ECプラットフォームが世界中に拠点を開設しているいま、海外進出という大船に乗り遅れないことが肝要でしょう」